監修:小出馨先生(日本歯科大学新潟生命歯学部 歯科補綴学第1講座 教授)

「咀嚼(噛むこと)が、健康寿命を延ばすことにつながる」ことは、さまざまな研究で明らかになっています。しかし、咬合(噛み合わせ)が悪いまま咀嚼を続けていると体にストレスが蓄積し、顎関節や筋肉が歪み、頭痛や肩こりなどの弊害を生じさせます。ひどくなると、全身がゆがむことも……。
この噛み合わせが悪くずれているのが原因で、顎関節や筋肉が歪み、全身にまで影響が及ぶとは、どのようなことなのでしょうか。

■咀嚼と顎関節の関係

私たちは口に食べものを入れたら、まず細かく噛み砕き、唾液と混ぜて、飲み込みやすくします。この一連の作業を「咀嚼」といい、左右の顎関節と下顎骨(下あごの骨)、口周りの筋肉や舌を複雑かつ巧みに動かして行なっています。
顎関節の位置は、両耳の前辺りにあります。左右両側の顎関節は、下顎骨を介してつながっていて、左右が連携して下顎を動かします。こうして下顎は複雑な動きを巧みに行うことができますが、噛み合わせにずれが生じると、顎関節とそこにつながる筋肉にストレスを与えることになります。すると顎関節や筋にゆがみが生じて痛くなります。

■噛み合わせのずれが顔や全身に及ぼす影響

噛み合わせは、顔の容貌や頭の位置のみならず、全身の姿勢にも影響を及ぼします。
今回は、具体的に「右に比べて左の奥歯が低い人」を例にとって、かみ合わせが全身に関連することを説明します。
「右に比べて左の奥歯が低い人」は、左側で咀嚼するときに上下の歯が当たるようにあごを左後方へ引いて噛むため、左側の咀嚼筋やあごの下部の筋、そして、表情筋が緊張して顔がゆがんできます。

具体的には、顎の先端が左にずれて輪郭が左右非対称になったり、口唇が左へゆがみ、左の口角が上がったり、左目尻が下がったりして左目が小さくなるなど、目鼻立ちにも影響を与えます。左側だけ、ほうれい線が深くなるといったことも起こります。(図1)


(図1)

また左側では、あごの下部の筋肉と首後方の筋肉が連携して緊張しますので、頭自体も左へ傾斜します。さらに、首の左側の筋肉も連携して緊張するため、頭位は右側へ回旋して悪循環が起こります(図2)。このように、筋肉と筋膜の緊張が強くなると、頭痛や肩こりが生じることになります。


(図2)

首が左に傾くと、首の右側の筋肉が引っ張られるので、これに反応して右肩をいつも持ち上げる姿勢をとるようになり、背骨は右へ彎曲した状態になります。

人間は2足歩行ですから、このように背骨が右へ彎曲すると、2足で立った姿勢を維持するため、体をひねってバランスを保とうとします。つまり、背骨が右へ側彎することで体全体が左へ傾斜し、体のバランスを保とうとして頭位は右へ回旋します。さらにバランスを保つために、自然と左肩をわずかに前へ出すことになります。この姿勢を日常維持して生活するためには、背中の右側の筋肉で背骨を右へ引張り、同時に背中の左側の筋肉で上下的に絞るようにして背骨をさらに彎曲させるようになります。この姿勢では体が左へ倒れそうになるので、バランスを保つために左側の腰骨を左前方へ押し出すようになってしまうのです(図3,4)。この姿勢では、猫背になって、首の前がたるみ二重あごのようになります。


(図3)

この状態が長期間続くと左の腰骨が上方に引っ張られるので、左脚が短くなり、いつも体重は短い左脚にかかることになります。その結果、軸足である左足は内股になって、左の足首とひざ、股関節に負荷がかかり、左脚はさらに短くなっていきます(図4)。


(図4)

この一連の姿勢の変化でわかることは、かみ合わせのずれが連鎖するように更なるゆがみを引き起こして、全身へ波及していくのです。

ゆがんだ姿勢が長期間続くと、その姿勢で筋肉や筋膜、そして骨格自体が固まってきて変形してしまいます。そうなると、最初の原因だった噛み合わせのずれを改善しただけでは、体のゆがみは元に戻りません。
噛み合わせのずれが気になったら、早期に歯科を受診することをおすすめします。

■噛み合わせのずれを確認する方法

自分で噛み合わせのずれが生じていないかを確認するには、顔を上へ向けて上下の歯を当てずに、できるだけ口を大きくあくびをするように、パクパクと10回開いたり閉じたりします。その後、正面をまっすぐ向き、唇の力を抜いてそっと口を閉じて、上下の歯を軽く2回当てます。上下の歯列の前後・左右が均等に接触すれば良い噛み合わせです。前歯の1か所しか当たっていなかったり、片方の奥歯が当たらないようですと、噛み合わせがずれている可能性があります。

■噛み合わせのずれを防ぐには

噛み合わせのずれは、先天的なものもありますが、多くが後天的です。以下に挙げる生活習慣などが誘因となって、噛み合わせにずれが生じます。
以下から自分に当てはまるものはないか、チェックしてみてください。

《噛み合わせのずれの原因》

  • □ むし歯
  • □ 歯が抜けたまま放置
  • □ 親知らず
  • □ 口呼吸
  • □ 片噛み
  • □ うつぶせ寝
  • □ 頬杖をつく
  • □ うつぶせでの読書
  • □ 長時間のスマホ操作
  • □ ノートパソコンをのぞき込んでの長時間作業
  • □ イスに座るとよく足を組む
  • □ よく横座りをする
  • □ ショルダーバッグをいつも同じ側にかける
  • □ 前髪が片目にかかる片流れの髪型
  • □ バドミントン、テニス、卓球、野球など体の片側を主に使うスポーツ
  • □ バイオリン、フルート、クラリネット、トロンボーンなどの楽器演奏

例えば、仕事やスポーツで体の右側ばかり長時間使った後には、同じように左側も使ってバランスを整えることが大切です。
また、むし歯や親知らずがあったり、歯が抜けたままになっていたら、すぐに治療を受けましょう。

正しい噛み合わせにするための治療法としては、補綴による噛み合わせ治療、歯列矯正治療、あるいはその人に合わせたスプリント(マウスピース)を作って着用する方法などがあります。いずれにしても、噛み合わせや顎関節、そして筋肉の精密な検査が必要です。
噛み合わせのずれが気になったら、まずはかかりつけの歯科を受診し、必要に応じて顎関節や噛み合わせの専門医を紹介してもらって下さい。

小出先生のポイント解説!

噛み合わせのずれを予防するセルフケアとしては「ベロ回し体操」がお勧めです。やり方は、唇を閉じて、上下の歯の外側にそって舌をぐるりと大きく2秒に1回のペースで回します。これを時計回りと反時計回りに同じ回数行います。
舌の筋肉は案外多くの方々が衰えているので、5回ずつ回すだけでもつらいという方もいると思います。最初は5回でもよいので無理せず、少しずつ回数を増やしていき、慣れてきたら20回を目標にしてください。1日3度、毎食後に行いましょう。

⇒小出先生のインタビューへリンク

■噛み合わせのずれが改善すると

顔の非対称、体のゆがみが治ってくるほか、きちんとしっかり噛めるようになることで、脳にもよい影響があることがわかっています。記憶、計画、意欲にかかわる大脳皮質前頭前野や海馬を活性化させるなど、噛み合わせが脳へ顕著な影響を及ぼしていることは、各方面の研究で明らかになってきています。
ほかにも、免疫力の向上、副交感神経の活性化、不眠の改善や、リラックス効果によるストレスの軽減なども期待できます。
もちろん、咀嚼力が向上するので、唾液の分泌も増えますから、感染症の予防などにも役立つでしょう。
噛み合わせは全身の健康、そして心の健康にもつながっています。毎日の習慣を見直し、良い噛み合わせを意識して生活するように心がけましょう。

【参考文献】
小出 馨,浅野栄一朗,小出勝義,千葉夏未.咬合の果たす役割と影響の大きさを知ろう.【新版】小出 馨の臨床が楽しくなる咬合治療.デンタルダイヤモンド社,東京,2019,6-13.

小出馨(こいで・かおる)

日本歯科大学新潟生命歯学部
歯科補綴学第1講座 教授

1953年新潟県新潟市生まれ。日本歯科大学大学院修了(歯学博士)後、同大学講師、助教授、トロント大学歯学部補綴学教室客員教授を経て、現在、日本歯科大学新潟生命歯学部歯学科補綴学第一講座主任教授、日本歯科大学大学院新潟生命歯学研究科機能性咬合治療学教授。
主に補綴、咬合、顎関節、顎機能に関して臨床に直結したテーマで研究を行っており、歯科補綴学における第一人者。
著書に『小出馨の臨床が楽しくなる咬合治療』(デンタルダイヤモンド社)、『舌を回して若返る』(日本文芸社)、『ほうれい線やたるみがスッキリ! ベロ回し体操』(東京書店)などがある。