特定健康診査の導入により、ますます「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群/略称:メタボ)」という言葉は定着しつつあります。このメタボ対策に、噛むことが効果的であるとわかってきました。よく噛むこととメタボ対策がどうつながっているのか? メタボ、生活習慣病などの治療に咀嚼を取り入れてきた大分医科大学名誉教授・坂田利家先生にお話をうかがいました。

そもそも、メタボとはどんな状態を指しますか? 太っていたら必ずメタボなのでしょうか?

「太っている=メタボ」とは限りません。
肥満には「内臓脂肪型」と「皮下脂肪型」があり、「内臓脂肪型肥満」は病気のリスクを上げることがわかっています。メタボとは、この「内臓脂肪」に、基準値以上の高血圧や高血糖、脂質代謝異常(中性脂肪高値、HDLコレステロール低値)のいずれかが2つ以上重なった状態を指し、肥満は条件に入っていません。

「内臓脂肪」は文字通りお腹のなかの特殊な部位についた脂肪のことで、その度合いを外見で判断することは難しく、太っている・いないだけでは必ずしもメタボとは言い切れないのです。

健康を維持するうえでひじょうに重要なのが、「内臓脂肪」と「皮下脂肪」のバランスだと私は考えています。皮下脂肪が持つ生理的な役割の全てはまだよくわかっていません。しかし、今わかっているだけでも、長期的なエネルギーの備蓄、体温の維持、代謝調節といった重要な役割があり、短期間で無理に皮下脂肪を落とすとリバウンドは避けられず、おもわぬ障害も起きやすくなります。

「皮下脂肪をある程度維持したうえで、内臓脂肪をいかに上手に減らしていくか」を実践していくなかで、注目したのは噛むことがもたらすさまざまな利点でした。たとえば、噛むことは、内臓脂肪の蓄積原因の1つである「食べすぎ」を防ぎ、治してくれます。

なぜ、よく噛むことが食べすぎ対策につながるのですか?

しっかり噛むと満腹感が増してくるからです。
食べ物を口に入れ噛み砕くとき、歯の歯根膜や頬の咬筋から中脳にある咀嚼中枢に神経興奮が伝わって、「神経ヒスタミン」という物質が分泌されます。この神経ヒスタミンが満腹中枢を興奮させ、食事で増してくるブドウ糖などの満腹信号よりも早く、「おなかがいっぱいだぞ」という信号を送り込むので、食べすぎを抑えることができるのです。

噛むことと食欲抑制のしくみ
噛むことで、すでに蓄積している内臓脂肪を減らすこともできますか?

はい。しっかり噛むと内臓脂肪はよく燃焼し、その仕組みには、先ほどお話しした神経ヒスタミンが大きく関係していることがわかっています。

噛むことで咀嚼中枢が興奮し神経ヒスタミンが量産されると、満腹中枢を介して交感神経の中枢が刺激されるので脂肪を燃焼するよう働きかけます。内臓脂肪は皮下脂肪に比べて交感神経による脂肪分解が強いため、噛むことが内臓脂肪の減少に大きく役立つのです。

噛むだけで健康になれますか?

もちろん健康の維持には生活習慣、とりわけ、規則正しい食生活、適度な運動、質のよい睡眠などが重要です。食生活において、よく噛むことはとても重要だと私は考えるので、治療にも積極的に取り入れています。

肥満症や糖尿病などの患者さんに推奨しているのが、毎日夕食前にサラダボウル1杯の野菜、海藻、(きのこ)などの低(無)エネルギーで食物繊維に富んだ噛みごたえのあるものを10分間じっくり噛み、引き続き夕食をしっかり噛んで食べる方法です。食事の前に満腹感を得られるので食事の量を減らせるだけでなく、噛むことで内臓脂肪の燃焼にもつながります。

ただし、体重が大幅に減るといった結果は得られません。しかし、検査値は明らかに改善するので、患者さんに続けてもらっています。

よく噛むことを習慣化する取り組みは、病気のかたでなくても健康増進に役立ちます。

多くの人に噛むことがメタボや生活習慣病の予防になることをわかっていただき、そのうえで食事を楽しんでもらえたらうれしいですね。

坂田 利家(さかた・としいえ)

大分医科大学名誉教授

医学博士。1962年九州大学医学部卒業。米国ピッツバーグ大学医学部研究員、1986年九州大学医学部助教授、1992年大分医科大学医学部第一内科教授、2002年より大分医科大学名誉教授。国際食欲飲水学会常任理事、国際食欲神経科学会議アジアオセアニア代表、国際病態生理学会常任理事、日本病態生理学会理事長、日本肥満学会副理事長などを歴任。