噛むことダイエット ゆっくり噛むと消費エネルギーが増大!?

「早食いは太る」と、よくいわれます。その理由としてまず思いつくのは、早食いの人は過食しやすい、ということでしょう。ところが、最近、それだけではないことがわかってきました。「早く食べる人よりも、ゆっくりよく噛んで食べる人のほうが、エネルギーを多く消費し、太りにくい」というのです。そのメカニズムについて、噛むことと消費エネルギーの関係を研究されている東京工業大学教授・林直亨先生にお話をうかがいました。

私たちがエネルギーを得るには、食べ物を食べて消化・吸収します。食べるときにもエネルギーが消費されるというのは、どういうことですか?

厳密にいうと、食べながらエネルギーを消費するのではなく、食べた後にもエネルギーが消費されます。この食後の消費エネルギーのことを「食事誘発性体熱産生(DIT)」といい、安静時代謝の10〜15%を占めています。安静時代謝とは、何もせずじっとしていても、生命活動を維持するために自動的に消費されているエネルギーに加え、座ってじっとしている時に消費されるエネルギーの総和です。

つまり、特別な運動をしなくても、1日に消費されるエネルギーの1割以上が、食後に消費されているのです。安静にしているのにどこで消費されているかというと、多くは胃や腸での消化吸収のときです。あとは、肝臓などで栄養をエネルギーとして使える形にするときや、ブドウ糖をグリコーゲンに変えて骨格筋や肝臓に貯蔵する際などに使われます。

食後にエネルギーが消費される仕組みはわかったのですが、噛むこととどんな関係があるのでしょうか?

ポイントは、噛む回数です。

私たちが行った、男性10人を対象にブロック状の栄養補助食品300kcalをできるだけ早く食べたときと、ゆっくり食べたときの、咀嚼回数と「食事誘発性体熱産生(DIT)」を比較する実験では、次のような結果が出ました。

早く食べたときは、食べ終わるまでに要した時間:平均103秒、咀嚼回数137回。ゆっくり食べたときは、時間:平均497秒、回数:702回でした。同じものを食べたにも関わらず、食べるスピードによって咀嚼回数が大きく違ったのです。

また、食後90分間の「食事誘発性体熱産生(DIT)」についても、ゆっくり食べた方が、大幅に増えることがわかりました。

次に「普通の食事ではどうだろうか」と考え、一般的な昼食を想定した「パスタ+ヨーグルト+オレンジジュース(合計621㎉)」を食べてもらった比較実験でも、同様の結果が得られました。

当初は、「早食いすると固いままの食べ物が胃腸に入ってくるので、胃腸がたくさん動かなければならず、血流は増えるだろう」と思っていました。ところが、実際は全く逆で、ゆっくりよく噛んで食べたほうが、胃腸の血流が増えたのです。

噛む回数が増えるほど、胃や小腸に血液を送る動脈の血流量が増加して消化活動が活発になり、「食事誘発性体熱産生(DIT)」も大きくなります。要は、噛むほどに安静時代謝が高まるわけです。

1回の食事の後に消費されるエネルギーはさほど多くはありませんが、食事のたびに消費されることを考えれば、決して少なくはありません。たとえば体重60㎏の人が1日3回、1年間、ゆっくりよく噛んで食事をした場合、早く食べた場合に比べて体脂肪に換算すると1.5㎏分のエネルギーを多く消費することになります。

早食いの人が食習慣を急に変えるのは、難しそうですが、よく噛むためのコツはありますか?

確かに「よく噛んでください」といっても、早食いの食習慣が身についている人が毎食意識しながらよく噛むのは、難しいと思います。

最近、公開講座などで一般の人に説明するとき、私は「よく味わって食べてください」と話しています。味わって食べていると、自然にゆっくりとよく噛むことになります。よく噛んで食べることは、おいしく食べることにもつながるのです。

早食いの人はすぐに飲み込んでしまうので、味わうところまでに至ってないように思います。かくいう私自身も、かなりの早食いで、スパゲティを食べてもソースの味しかわかりませんでした。しかし、ゆっくり味わって食べるようになったら、スパゲティの小麦の味までわかるようになったのです。

ぜひ皆さんも、毎日の食事をゆっくり味わって、よく噛んで、食べてみてください。意外なおいしさの発見につながり、食事がもっと楽しくなることでしょう。

林 直亨(はやし・なおゆき)先生

早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授
(2023年7月現在)

1992年早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業。94年早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程修了。95年から大阪大学健康体育部助手。99年博士(医学)取得。99〜2000年カリフォルニア大学デービス校・客員研究員(文部省在外研究員)。2004〜13年九州大学 健康科学センター准教授。2013年東京工業大学・社会理工学研究科教授。2016年から東京工業大学・リベラルアーツ研究教育院教授。2021年から早稲田大学スポーツ科学学術院教授。専門分野は、生活習慣病、加齢・老化 、健康と食生活。2017年「足湯が眼底の循環機能に及ぼす影響の研究」で、第42回日本健康開発財団研究助成優秀賞を受賞。