噛む力を利用できているかどうかがスポーツの勝敗を決める?!

100分の1秒を争うこともあるスポーツの世界では、噛む力をうまく利用できているかどうかが勝負の分かれ目となることがあります。噛むことがスポーツにどのような影響を及ぼすのか、スポーツ歯学を研究している東京歯科大学教授の武田友孝先生に、詳しいお話をうかがいました。

噛むことは運動パフォーマンスにどのような影響を与えるのでしょうか?

まず、筋力アップが挙げられます。歯を噛みしめることで、筋力が4〜6%程度アップすることもあるといわれています。「たったそれだけ?」と思うかもしれませんが、アスリートにとっては、たった1%の違いでさえ、勝つか負けるかの大きな差になるのです。

次に、姿勢の安定効果です。試しに、首筋に手を当てたまま、ギュッと歯を噛んでみてください。首にある胸鎖乳突筋(きょうさにゅうとつきん)という筋肉などに力が入って硬くなり、首が安定するのがわかるでしょう。

そして、体への影響だけでなく、脳の活動を促す働きも大きいのです。しっかり噛むと、認知機能をつかさどる前頭前野の血流がよくなるので、集中力と判断力が上がります。

陸上競技の場合でいうと、どのように噛むといいタイムが出せるのですか?

陸上の100メートル走では、スタートダッシュ時に歯をグッと噛むと、いいタイムが出ることがあるといわれています。ただし、トップスピードに達したあとは、逆に歯の力を抜いてリラックスしながら走ったほうが、余計な力がかからず、のびのびと走ることができるようです。トップアスリートたちは、臨機応変に噛む・噛まないを使い分けています。ぜひ、次のオリンピックでは、どの選手が、どういうときに噛んでいるかを注目しながら見てください。

ほかの競技でもしっかり噛んでいれば、誰でも運動パフォーマンスが上がるのですか?

当たり前ですが、どんな競技においても絶対はありえません。運動パフォーマンスが上がる人もいれば、下がってしまう人もいます。また、噛み合わせが悪ければ、どんなにたくさん噛んでも著しい効果は得られません。運動パフォーマンスを上げたい場合は、上下左右合わせて8本の奥歯をしっかり噛むことが重要ですが、この奥歯の噛み合わせが悪いと、体にうまく力を加えることができなくなってしまいます。

「噛み合わせが悪ければ、矯正すればいい」というわけにも、なかなかいきません。当然ながら、アスリートは激しい運動をする機会が多く、試合期間だと矯正装置によるケガのリスクを考慮する必要があります。将来スポーツ選手を目指すのなら、「しっかりとした噛み合わせができる、口の環境作り」を早い段階で心がけておくといいでしょう。また、プレー中であれば、歯の噛み合わせをサポートするためにマウスガードを使うのもおすすめです。

マウスガードは歯を守るためにあるのだと思っていました!

もちろん、前歯の保護も大きな目的です。ただ、自分の歯型を取って歯科医が作ったマウスガードを使用し、歯がきちんと噛み合うようにしなければなりません。歯がきちんと噛み合っていないと、衝撃が歯全体に分散されず、ケガをしやすくなるからです。もちろん、しっかり噛み合わせができることによって、運動パフォーマンスも上がることもあります。

武田先生が製作した色とりどりのマウスガード。いちばん衝撃を受けやすい前歯部分保護のため、3層構造にし、真中に硬めの材料を入れかつ歯とマウスガードの間にスペースが空いている、怪我の予防効果の高いタイプもあります。この工夫によって、歯への衝撃が分散でき、歯をしっかり守ることができる。
「しっかり噛み合わせができる、口の環境作り」で大切なことはなんですか?

それは、歯をきれいに磨き、けがを防ぎ、大事にすることです。けがや虫歯によって歯が1本なくなるだけでも、噛む力は大きく変わってきます。一方で、本数が揃った健康な歯で、よく噛んで食べ続ければ、お口の中だけでなく、全身の健康も維持、向上できます。ふだんから噛みごたえのあるものをしっかりと噛んで食べ、咀嚼筋を鍛えるよう心がけましょう。

武田 友孝(たけだ・ともたか)

東京歯科大学口腔健康科学講座スポーツ歯学研究室特任教授
日本スポーツ歯科医学会認定医
日体協公認スポーツデンティスト
日本障がい者スポーツ協会公認障がい者スポーツ医
(2023年7月現在)

歯学博士。2018年より東京歯科大学口腔健康科学講座スポーツ歯学研究室教授。2023年から現職。スポーツ歯学の研究に従事し、咀嚼や咬合と全身状態との関連の解明を行う。1997年から日本オリンピック委員会(JOC)強化スタッフ・スポーツドクターでもある。