私たちの体には、自らの意志で働かせることができる運動神経と、意志とは無関係に働く自律神経があります。主に手足を動かすのが運動神経で、主に臓器をコントロールするのが自律神経です。
目にも自律神経で働く筋肉があり、それらが噛むこと(咀嚼)とかかわりのあることがわかってきました。咀嚼が自律神経に作用して目の血流を促し、目がスッキリしたりピントが合わせやすくなったりするなど、目の機能が活性化されるというのです。そのメカニズムについて論文を発表した北里大学医療衛生学部・浅川賢先生に、お話をうかがいました。

自分の意志ではコントロールできないとされている自律神経が、目にどのように関与しているのでしょうか?

心臓や気管支など、全身のいたるところに自律神経の支配を受けるものがありますが、目にも、自律神経によって支配されている部分があります。
それは、瞳孔(ひとみ)の反応を担う瞳孔散大筋と瞳孔括約筋、遠近のピント調節に関与する毛様体縦走筋、毛様体輪状筋です。これら4つの筋肉は、まとめて内眼筋ともいいます。内眼筋は自分の意志でコントロールすることができず、また、疲労しないという特徴もあります。

自律神経には交感神経と副交感神経があり、交感神経は活動時に働き、副交感神経は休息時に働くという具合に、体の状態にあわせてバランスをとっています。交感神経が優位な状態が続くと、血管が収縮して血流が悪くなります。

目の周りはどうなっているかというと、瞳孔散大筋は交感神経の支配を受けるので、活動状態だと瞳孔は大きく、リラックスした休息状態では瞳孔は小さくなります。ですから、瞳孔の大きさを見れば、身体や心理状態がわかるといわれています。

人が物を見るとき、近くから遠くにピントを合わせるときは、交感神経の支配を受ける毛様体縦走筋が働きます。逆に、遠くから近くにピントを合わせるときは、副交感神経の支配を受ける毛様体輪状筋が働いています。つまり、ピントをどのように合わせるのかによって、働く自律神経、筋肉が異なるのです。

よく、目が疲れてピントが合わせにくくなるといいますが、筋肉の特徴から毛様体縦走筋や毛様体輪状筋が疲労しているわけではありません。目が疲れるというのは、非常に複雑な要因がいくつも重なったうえに、毛様体筋も影響して起こると、私は考えています。

では、噛むとピントが合わせやすくなるというのは、どうしてなのでしょうか?

私自身、パソコン作業で目を酷使したときにガムを噛むと、目がスッキリした経験があります。しかし、このメカニズムはまだ科学的に解明されていません。

これまでの論文を調べると、「ガム咀嚼により総頸動脈(そうけいどうみゃく)や脳の血流が増加する」というものがありました。また、「咀嚼することで自律神経系を介して血圧や心拍数に影響する」という記述もありました。総頸動脈は太い動脈ですが、首のあたりで枝分かれしていて、脳以外に顔や目にも血液が流れるようになっています。

このように、咀嚼と脳血流についての報告は多数ありましたが、枝分かれした目の血流への作用はよくわかっていませんでした。また、咀嚼によって自律神経系を介して血圧や心拍数に影響があるとすると、
 1 噛むことで、脳血流と同様、眼血流も増加するだろう
 2 噛むことで、眼の自律神経系に支配される筋肉にも影響するだろう
と仮説を立て、実験を行ったのです(後述)。

その結果、噛むことで白目や目の周りの血流がよくなることが確認できました。
また、噛むことで瞳孔が小さくなることも確認され、目の自律神経系にも影響していることがわかりました。

これらのことから、血流がよくなったことで目が疲れにくくなる可能性と、瞳孔が小さくなったことで副交感神経が優位になったと考えられ、噛むことによって近くにピントが合わせやすくなるのではと考えています。

【浅川先生が行った実験】

<実験内容>

20歳代の学生10名に、10分間(毎分80回)ガムを噛んでもらい、結膜(白目)の血管や眼輪筋(目の周りの筋)の「酸素化ヘモグロビン」の変化を測定(ヘモグロビンの濃度は、血流と関連するため)した。咀嚼ではなく味覚によって影響を受けている可能性も考慮し、同じ味のアメでも確認した。
また、瞳孔の大きさと調節力(どれくらい近くにピントが合わせられるか)を測定した。

<結果1> 血流の変化

結膜(白目)の血管に対する実験ではガムを噛んだ後、9名の酸素化ヘモグロビン相対濃度が上昇した。ガムを噛む前の相対濃度を100%としたとき、アメを舐めた後の相対濃度は平均で105%に対して、ガムを噛んだ後は約1.7倍の167%になった。

両方の実験とも、アメを舐めた後では、ほとんど差が見られず、味覚の影響ではなく、咀嚼が眼の血流をよくすることが証明された。

<結果2> 瞳孔の大きさと調節力

ガムを噛んだ後は、瞳孔の大きさが平均で1㎜近く小さくなった。調節力はガムを噛む前後で、有意差が認められなかった。

瞳孔が小さくなったということは、交感神経の抑制あるいは副交感神経の活性、どちらの関与かは不明だが、いずれにしても副交感神経が優位になったと言える。調節力に変化が見られなかったのは、20歳代を対象としたためと考えられ、現在はピントが合わせにくくなる40歳代以降(いわゆる老視)のデータで検討中である。

浅川 賢(あさかわ・けん)先生

北里大学 医療衛生学部 視覚機能療法学 専任講師
視能訓練士、医学博士

2003年、北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学専攻を卒業。2010年、北里大学大学院医療系研究科臨床医科学群眼科学修了。医学博士取得。北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学専攻助教を経て、2016年から現職。視覚情報科学、視器解剖病理学の研究に従事。日本神経眼科学会、日本自律神経学会などの評議員も務める。