噛むことに特に問題がないのに、食べ物が口の中によく残るという人は、「舌圧(ぜつあつ)」が弱いのかもしれません。私たちは食べ物を口に入れたら、前歯で噛み切り、奥歯で砕いてすりつぶし、唾液と混ぜ合わせて飲み込みやすい形状にして食道に送り込みます。このときに舌圧が弱いと、上あごに食べ物が残ってしまうそうです。舌圧の低下は飲み込む機能の低下につながり、放置していると全身の機能にも影響するといわれています。

しかし、舌圧が口腔機能に大きな影響与えることは、これまで一般にはあまり知られていませんでした。今回は、舌圧と嚥下障害の研究をされている広島大学大学院医系科学研究科教授・津賀一弘先生に、お話を伺いました。

「舌圧が弱い」とは、舌のどのような力が弱いということなのでしょうか?

舌圧とは、舌が上あごに接触する力で、その強弱は圧力の単位kPa(キロパスカル)で表します。

舌は筋肉でできた組織ですから、歩かなければ足の筋肉が弱って歩けなくなるのと同様に、舌をあまり動かさなくても食べられる軟らかいものや、ツルッと飲み込めるような食事ばかりとっていると、舌圧は低下します。成人では舌圧が30kPa以上あることが望ましく、このくらいの力があればなんでも食べられます。一方、介護食をとっている人では、舌圧が20kPa未満の人が多く見られます。

食事が柔らかい人は舌圧が低い

食べるときに、舌はどのような働きをするのでしょうか?

食べ物を口に入れたとき、歯と舌は、餅つきの「杵(きね)」と「こね手」のような絶妙な関係で動きます。「こね手」である舌が食べ物を奥歯の上に乗せ、「杵」である奥歯がかみ砕いたりすりつぶしたりします。砕かれた食べ物を舌が唾液と混ぜ合わせながらまた奥歯の上に押し上げて、また砕く。これを餅つきのように何度もくり返すのです。

その最中には、砕かれた食べ物が頬の側に落ちることがあります。このときも、舌と頬の筋肉との共同作業で、食べ物を奥歯に戻します。小さく噛み砕かれてすりつぶされた食べ物は、上あごを「のし板」にして、舌が飲み込みやすい形状にまとめてから食道に送ります。このように、食べ物を口に入れてから飲み込むまでのすべての作業に、舌が関わっています。

歯と舌の関係(断面図)

舌圧が弱いと、どのような問題が生じるのでしょうか?

舌圧が弱いと舌の運動機能が低下するので、「噛んで飲み込む」という一連の動きに支障が出ます。一気に食道に送り込めなくなるので、上あごや喉の奥に食べ物が残ることがあり、これが食道ではなく気管に入ってしまうと、むせたり誤嚥性肺炎の原因にもなったりします。「噛んで飲み込む」ことが不十分であれば栄養摂取の低下となり、それが「身体的フレイル(虚弱)」につながって要介護状態になる可能性もあります。

また、食べこぼしたり、滑舌が悪くなったりすることもあります。一見些細なことのように思えますが、積み重なると、人と話したり一緒に食事をしたりするのがいやになり、人とのつながりが少なくなっていきます。こうして社会とのつながりが低下すると、精神的にも落ち込んできて、ますます引きこもりがちになるという負の連鎖を起こし、最終的には身体的フレイルにつながります。

これまで舌圧低下の大きな原因は、加齢と考えられていました。しかし、若い人のなかにも舌圧が30kPa未満で「むせる」「飲み込みにくい」という自覚症状のある人がいる、というデータもあるようです。現代の食生活から考えると、舌圧の低下は高齢者だけの問題ではなくなっているといっていいでしょう。

舌圧はどこで計測してもらえるのでしょうか? また、低下した舌圧を改善することはできますか?

噛むことや飲み込みの機能の低下を自覚されて心配な場合、舌圧を歯科医院で計測できます。計測方法は簡単ですから、高齢者でも難しくありません。ただし残念ながら、舌圧測定器の普及がまだ遅れていて、どこの歯科でもできるわけではありません。

一方、舌圧の低下から起こる症状に早く気づけば、早く対処でき、改善も早くなります。自覚症状としては「お茶や汁物などの液体でむせる」「飲み込んだ後に食べ物が口の中に残る」「舌苔(ぜったい)で白っぽくなる(茶色や黒のこともあります)」などが挙げられます。

日常生活でできる対処法は、まず、しっかりしたものを食べることです。硬いものを食べると、噛む回数が増えて舌の動きも活発になるので、舌圧は鍛えられていきます。舌圧が向上すれば、咀嚼力も向上して、オーラルフレイルや身体的フレイルの予防につながります。

次に大事なのは、舌をしっかり使うことです。舌も筋肉ですから、負荷をかけたり動かしたりすることで運動機能が向上します。舌で押しつぶしたりゆるめたりの動作をくり返すことで舌圧を鍛える用具も、市販されています。また、カラオケやコーラスで歌ったり、おしゃべりしたりすることも、舌を鍛えます。こうしたことは人とのつながりや社会とのつながりを維持することにもなります。生活の質も向上させるので、積極的に行ってほしいものです。

舌圧は訓練器具使用で増加

津賀 一弘(つが・かずひろ)先生

広島大学 副学長(医系科学研究担当)
大学院医系科学研究科 先端歯科補綴学 教授
歯学博士

1985年03月、広島大学歯学部歯学科卒業。1989年、広島大学院歯学研究科歯学臨床系歯科補綴学第一修了。1989年、広島大学歯学部助手。1991年、国家公務員等共済組合連合会・広島合同庁舎診療所・歯科医師。1993年04月01日、広島大学歯学部助手。1994年10月01日、広島大学歯学部附属病院文部教官講師。2002年、広島大学大学院助教授。2014年、広島大学大学院教授。専門分野は、補綴歯科治療および口腔機能検査・リハビリテーション。