ハート・リングフォーラム認知症の新・常識2016 北海道・愛知で開催された様子を、新しく公開しました。

ハート・リングフォーラム認知症の新・常識2016
「口から考える、認知症」
あなたとご家族のための、介護・生活・予防の知恵

65歳以上の4人に1人が、認知症患者とその予備軍だと推計されています。
いまや認知症は明らかに現在、あるいは近未来の「我が家」の問題です。最新医学をもってしても、認知症を完治させることも、完全に予防することもできませんが、注目され始めているのが、口の持つさまざまな役割や機能を見直すことです。
食べる、話す、噛む、飲み込む、こうした人間としての基本的な機能を維持することで、仮に認知症となってもその経過やQOL(生活の質)の維持に、良好な効果が期待できます。
現場で活躍する第一人者や、実際に介護をする家族や本人の声を織り交ぜながら、これから知っておくべき認知症の最新知見をお伝えします。

フォーラムは大盛況にうちに、終了いたしました。
その様子をご報告いたします。

in北海道

<第一部>

講演1 「超高齢社会のキーワード・咀嚼と健康」

越野寿先生 北海道医療大学歯学部口腔機能修復・再建学系 咬合再建補綴学分野教授、日本咀嚼学会常任理事

1

咀嚼と健康の関係について説明します。私たちは日ごろ、無意識に物を食べています。食物を口へ運び、口の中で歯や舌を使って細かく砕き、だ液と混ぜて飲み込みやすい形に整え、飲み込むという流れを繰り返しています。この飲み込むまでの一連の流れが、咀嚼です。口や歯の健康が保たれ、「よく咀嚼できる」ということは、食べ物を美味しく味わえるということです。食べ物をしっかりかむことで、健康に直接結びつく栄養状況が改善されます。栄養を十分に取ることができれば、体全体に力を入れられるので活動力が増大し、免疫力も上がるので、かぜやインフルエンザにもかかりにくくなります。こういったことが相まって、よく咀嚼できることは老化の抑制につながると考えられています。

2

咀嚼では、食物の硬さや形状に応じて、舌や頬はかまずに食物だけをかむよう、舌、頬、顎、喉などの数多くの筋肉が連携して動きます。その制御に脳が大きく関係しています。脳の中で口に関係する部分は、手に関係する部分と同じくらい広いのです。つまり、食べる、話すといったことで、口の中から脳が刺激されると、脳全体の血液の流れが良くなり全身にもプラスに働きます。口と健康との関係を探るさまざまな研究が進む中、咀嚼など口の運動が不足して脳の刺激が減ると、認知機能の低下につながること。また食事の際に適切な咀嚼ができている人には認知症が少ないことを示すデータが報告されています。

3

年齢を重ねるにつれ、徐々に自分の歯は失われますが、1本でも歯が抜けたままにしていると、両隣の歯が倒れてくるなど、かみ合わせに狂いが生じます。すると、発音がしづらくなったり、歯と歯のすき間が拡がって、むし歯や歯周病にかかりやすくなります。また1本1本の歯の根の周りの歯根膜には、かむことで脳につながる受容体(センサー)があり、歯を失うと歯根膜も失われます。すると、食べ物本来の味が分かりにくくなると同時に、咀嚼で脳が活性化する効能も落ちます。歯磨きなどの予防はもちろん大切ですが、歯がなくなったら、入れ歯やブリッジなどの義歯治療が、高齢者の前身の健康状態を改善するのに不可欠です。

4

講演2 「あなたの手で支え合おう身近な認知症~砂川の取り組みを全国へ」

内海久美子先生 砂川市立病院 認知症疾患医療センター長

5

2006年、介護疲れと生活苦から、50代の男性が認知症の86歳の母を殺す事件がありました。母の徘徊がひどくなって退職し、デイケア代や家賃も払えなくなった末の心中でした。介護する人の努力にもかかわらず、期待とはまったく違う反応が返ってくることが際限なく繰り返されるのが認知症介護です。認知症は、もはや家族内の問題ではなく、地域全体の問題なのです。砂川市では「認知症になっても安心して暮らせる街」に向けたさまざまな取り組みを進めています。10年、認知症と家族を支援するボランティア団体「ぽっけ」が設立されました。約40人が医療機関の受診時の付き添いや、家族が忙しい時の見守りなど介護保険のすき間を埋めるサービスを展開しています。年間の延べ利用者数は約800人に上ります。

6

また、お年寄りの見守りを強化するため、13年に65歳以上の住民の個人情報を、社会福祉協議会を通じて町内会に提供できる条例をつくりました。市の担当者が1軒ずつ訪ね、本人の同意を得て健康状態や福祉サービスの利用状況などをつかみました。その結果、認知症の疑いのある人が数人いると分かり、医師の私や介護職員らでつくる「認知症初期集中支援チーム」によって適切な治療や介護サービスへと早めにつなげられました。地域の実情を知る町内会や民生委員、行政が情報を共有し合い、それを基に医龍機関の職員が加わったチームが訪問を担当することは、これまで受診を拒否して医療や介護につながらなかった人をつなげ、家族の悩みにも対応できる画期的なシステムで、地域の見守り力も相当強められると思います。

7

認知症の人を多くの目で見守り、早期に必要な治療や介護サービスにつなげ、ボランティアらが支えていく。このような一つ一つの積み重ねが、認知症に対する住民の意識を高め、認知症の人の事故リスクや認知症が関連する事件リスクを下げることにつながると思います。認知症は長生きすれば誰にでもなりうる病気であり、決して恥ずかしい病気ではありません。偏見をなくして、地域全体で見守り、助け合っていくことを期待します。

8

講演3 「認知症と歯科治療」

柏崎晴彦先生 北海道大学病院歯科診療センター 高齢者歯科講師、日本老年歯科医学会評議員

9

認知症は身近な病気です。厚生労働省の調査によると、全国に認知症の患者さんは462万人。
2025年には700万人に増えると予想されます。砂川市の取り組みを代表例に、地域ぐるみで認知症の人を支え合う機運ができつつありますが、その中で歯科医療の果たす役割も大きいです。具体的には、歯科受診の際に認知症も視野に入れた対応をし、認知症の早期発見につなげること。また、今後認知症が進行すると歯科治療が難しくなるということを念頭に、できるだけ軽度のうちから定期的に歯科的な介入を継続することです。
認知機能と口腔機能の関連は、これまでに多くの研究結果が出ていますが、歯が20本以上ある人に対して、歯がほとんどなく、義歯未使用の人の認知症発症リスクは1.9倍、何でもかめる人に対して、あまりかめない人のリスクは1.5倍、かかりつけ歯科医のある人に対する、ない人のリスクは1.4倍というデータもあります。

10

認知症では、認知機能が低下するほど死亡率が高まることが多く報告されています。これは認知症自体で死亡するのではなく、二次的に生じるさまざまな身体的状態がその死亡原因になるということです。認知症が重症化し、口の機能が低下した場合には注意しなければならないのは「誤嚥性肺炎」です。誤嚥性肺炎とは、食べ物や口の中の細菌が誤って気管から肺に入り込んで起きる肺炎で、高齢者の直接的な死亡原因の第1位です。
認知症の場合、喉の機能が衰え、だ液が気管に入る誤嚥が起こりやすくなるのですが、口の中には全身に影響を
与える病気の原因菌がたくさん存在しています。それらの悪い細菌がだ液といっしょに気管に入ることが、誤嚥性肺炎の主な原因となります。つまり、誤嚥性肺炎の予防には、細菌の数を増やさないよう、口の中を常に清潔に保つための口腔ケアが重要なのです。

11

必要に応じて、ご家族や介護者のサポートを得ながら、患者さんが全身の健康を保つために必要な治療、口腔ケアを行っていきます。口腔内の健康の維持だけではなく、誤嚥性肺炎の予防、認知機能の維持、そして何より摂食機能を高めることで、食べる楽しみを最後まで維持することが最大の目標となります。

12

エンディングトーク 「介護漫画家北川なつ&介護家族が語る介護と食の話」

13

家族だけで悩まず、認知症専門機関に相談を 武田氏

北川なつ氏 漫画家・介護福祉士

30歳を過ぎてまったくの未経験で介護の世界に飛び込み、特別養護老人ホームや認知症の人が暮らすグループホームで約7年間働きました。その体験をもとに、認知症を取り巻く人々を漫画で描くようになりました。病院や介護施設では、その人の状態に合わせ、食材を小さく刻んだり、柔らかくしたり、とろみをつけたりなどさまざまな工夫をして食事を提供します。口から食べられない人には経管栄養法を選択する場合もあります。経管栄養法は、鼻から管を通したり、胃ろうではお腹から胃に小さな穴をつくり、直接胃に栄養を補給する方法です。
経鼻栄養法ってどんな感じなのだろうと、私は同じやり方で鼻からコーヒーを飲むことを試してみました。あくまでも個人的にはですが、麻痺無しで管を鼻に通してみると想像した以上にしんどく、コーヒーの味は一切感じません。ただ、胃のあたりがポカポカしてくるのです。このような食事しかできない女性が、どんな思いで毎日同じ天井を眺めていたのかと今も考えています。
これまでの経験と知識からいえるのは、自分らしい生き方をまっとうするためには、健康で意思表示ができるうちに、自分がどのような介護・介助をしてもらいたいのかを決めて、伝えておくということです。
本人のためだけではなく、さまざまな厳しい選択を迫られるご家族のためでもあります。

14

「認知症家族体験実話紹介~母さん!噛んで!食べて!」

早田雅美 認知症家族・NPO法人ハート・リング運動 専務理事

20年前、父が認知症と診断されました。不安と焦燥感から、専門家の助言に従い、問題が起きないようにとばかり考えていました。父は病院や施設を転々として亡くなりましたが、結果として父の自由や人としての生活を奪ってしまったのではないかと、今も後悔の念に駆られています。
その反省から、母が重い認知症にかかった時、自宅での介護を選択しました。もちろん失敗もするし、うまくできないことも多かったです。でも「認知症だから」「問題が起きないように」ではなく、本人がどうしたいかを大切にしたかったのです。
食べることもそうです。誤嚥性肺炎のリスクを避けるために胃ろうをつくった母でしたが、訪問歯科の先生と相談しながら口腔ケアと摂食嚥下リハビリを行いました。母の好物の甘酒をゼリー状にしたり、おはぎを一口大に切ったり、次第に舌が動いて喉を通るようになり、自分で噛んで食べられるようになると、笑顔も出るようになりました。全身の状態も良くなったように見えました。食べることは命の根幹ですから、母らしい暮らしの最後の一部がそこで支えられていると感じています。
「認知症」という言葉の持つパワーが大きすぎるために、多くの方が普通に生活する機会を失っている状況があります。少しの手助けがあれば、母のように今までと変わらない生活ができる人も多いはずです。「認知症だから」と枠にはめて管理するのではなく、その人の人生の文脈の中で介護し、支える「やさしい社会」であってほしいと願っています。

15

主催:
北海道新聞社、NPO法人 ハート・リング運動

後援:
日本歯科医師会、北海道歯科医師会、日本医師会、日本看護協会

協賛:
株式会社ロッテ

日程および会場:
2016年9月19日(月・祝)13:00~16:00(開場12:30)
会場 京王プラザホテル札幌2F 「エミネンスホール」

in愛知

<第一部>

講演1 「大規模調査から見えてきた歯の健康と認知症との関係」

山本龍生氏 神奈川歯科大学大学院歯学研究科 口腔科学講座 社会歯科学分野 教授

『噛まない』ことで、認知症発症高リスクに

現在、要介護の原因の第1位は脳卒中、第2位は「認知症」が約16%を占めていますが、2025年には60歳以上で約700万人、5人に1人が認知症になると試算されており、認知症は増加の一途をたどっています。

今までの研究で、認知症になると手入れが行き届かず、歯の状態が悪くなることはわかっていましたが、愛知県知多半島で4年間かけて実施された認知症調査の結果、年齢や疾患の有無、生活習慣等に関係なく、自分の歯が20本以上ある人に対して、歯がほとんどなく義歯も未使用の人は、認知症発症リスクが1.85倍も高くなることがわかりました。また、歯はなくても義歯を入れていれば、リスクが1.09まで下がることも明らかになりました。

これは、歯を失うと生野菜などを避けるため、ビタミン類が欠乏することや、やわらかい食事ばかりで“咀嚼”が減るため、脳への刺激がなくなることが関係していると思われます。
食生活等に不自由がないとされる20本の歯が維持できるのは平均69歳までとされ、以降は失う一方です。歯をなくす主な原因は「むし歯」と「歯周病」。特に歯周病は、糖尿病や心疾患の発症・悪化に関連し、近年、認知症の発症・悪化とも深いかかわりがあることが分かりました。

まずはかかりつけの歯科医を持ち、正しいブラッシングの指導や定期的な健診を通して、歯の健康維持を心がけてください。それが認知症予防になり、健康寿命の延伸につながることを忘れないでほしいと思います。

講演2 「脳を使う咀嚼法」

山村健介氏 新潟大学 大学院医歯学総合研究科 摂食環境制御学講座
口腔生理学分野教授

「噛むこと」「食べること」で脳の動きを活発に

弥生時代の食事を再現すると、完食までの咀嚼回数が約4000回必要なのに対して、現代食はわずか620回程度、それだけ咀嚼機能も衰えていることになります。

咀嚼自体は脳にある回路を半自動的に使う運動なので、それほど脳を使うわけではありません。しかし、食欲に始まり、食物を認知して口に運び、咀嚼して味わい、嚥下して満足感を得るという「口からものを食べる」一連の行動には、運動制御、感覚認知、精神活動など動物性機能のすべてが関わっており、食物の舌触りや温度、味覚などの刺激を認知することで脳の動きは活発になります。

「よく噛む」ことで脳を鍛えることは、単に運動としての咀嚼ではなく、「味わい」「記憶にとどめる」など感覚認知機能を鍛える咀嚼を心がけることを意味しています。
具体的な方法は、まず「できるだけ多くの感覚を使って食べる」ことです。食べ物をよく見て、味、香り、歯ごたえを楽しむことや楽しい会話とともに人と一緒に食事をすること、薄味にして咀嚼回数を増やすことも食事をじっくり味わうことにつながります。
「よく噛む」ための歯の健康については、歯科医のサポートが必要ですが、「脳を使う咀嚼法」は子どもから大人まで心がけひとつで誰でもできますので、ぜひ、ご家族で今日から実践してください。

講演3 「食べることは生きること~認知症と食事について~」

中村育子氏 医療法人社団福寿会 福岡クリニック 在宅部栄養課課長 管理栄養士

おいしい食事を家族と一緒に

国立長寿医療センターが在宅高齢患者990名を対象に実施した調査によると、低栄養の方が37.4%。低栄養のおそれのある方が35.2%と、実に72.6%の方が栄養状態に問題があることがわかりました。
食事の大切さは栄養摂取だけではなく、患者さんはおいしい食事を家族と一緒に食べたいと願っています。認知症の方を自宅で介護するご家族の方は、介護にかかわる専門職に相談し、介護の負担を軽減する介護食のポイントを知り、介護者にも無理がなく、患者さんの栄養状態の改善にもつながる食事介護の実践につなげてください。

<第二部>

パネルディスカッション
「認知症の実際 暮らしの中で考える認知症」
あなたとご家族のための、介護・生活が求めるもの 主に食をテーマに

登壇者
武田章敬氏(国立長寿医療研究センター 医療安全推進部長 もの忘れセンター副センター長 <神経内科医>)
中村育子氏(NPO法人ハート・リング運動専務理事・福岡クリニック管理栄養士)
鈴木森夫氏(公益社団法人認知症の人と家族の会理事<ケアマネジャー>)
早田雅美氏(NPO法人ハート・リング運動専務理事)

パネルディスカッションでは、認知症当事者及びその家族の実際に現場で起こる様々な問題を介護・生活・予防の視点から討論しました。

心のあり方ひとつで、認知症介護は変わる 早田氏

家族で同じものを味わうことは大きな喜びになります。認知症は治らない病気ですが、心のあり方ひとつで家族も本人も明るく暮らしていけると思うようになりました。
個人的な体験ですが、現在認知症の家族を抱え、悩んでおられる方の少しでも参考になれば幸いです。

家族だけで悩まず、認知症専門機関に相談を 武田氏

食べ物を認識できない、食べ方が分からないなどで、食事ができなくなることもよくあります。ただし、食べられなくなる原因は他にもいろいろ考えられるので、まずは本人やご家族へのヒアリングなどを通して明らかにし、認知症の専門医療機関にご相談ください。適切な対応を通して、認知症の方が少しでも長く、食べる喜びが実感できる生活を送っていただきたいと思います。

認知症になっても安心して暮らせる社会へ 鈴木氏

本日のテーマである「食」についていえば、胃ろうにしないと施設への入所が難しいというケースが少なくありません。食べられなくなった人の介護は大変であり、誤嚥で肺炎を起こして苦しむ人を目の当たりにして、胃ろうを勧められた家族の悩みは深刻です。これからも認知症の人を家族に持つ、同じ立場の者同士で思いを語り合ったり、悩んでいる家族の相談に乗ったり、つながることで、認知症になっても安心して暮らせる社会の実現を目指していきたいと思います。

今回のフォーラムでは歯と口の健康週間にあわせて、食べる、話す、噛む、飲み込むという「口腔機能」を良好に維持することが、認知症当事者および予備群のQOL向上に効果があることに注目が集まりました。
まさに、「食べることは生きること」であります。
社会全体が認知症についての正しい理解と思いやりの輪を広げていくことの必要性と、認知症と共に生きる明るい未来を照らすメッセージをお届けしました。

主催:
中日新聞社、NPO法人ハート・リング運動

後援:
日本歯科医師会、愛知県歯科医師会、日本医師会、日本看護協会、厚生労働省

協賛:
株式会社ロッテ

日程および会場:
平成28年6月5日(日) 13:00~16:00
会場:名古屋商工会議所大ホール