山田好秋先生(東京歯科大学口腔科学研究センター客員教授 歯学博士)

私たちが普段何気なく行っている「食べる」という行為は、人間の運動機能の一つです。では、食べる運動は、脳とどのようにかかわっているのでしょうか。

■噛むことは半自動運動

運動機能は、以下の3つに大別できます。

① 反射……………無意識のうちに実行される運動
② 半自動運動……リズムを持ち、特に意識しなくても実行可能な運動
③ 随意運動………目的を達成するために意識し行う運動
 
食べることは、まず③随意運動から始まります。
空腹を感じると、食べ物を探して手に取り、口に運ぼうとします。この行動には、脳の視床下部や大脳皮質などがかかわっています。
 
口に食べ物が入ると、噛むこと(咀嚼)が始まります。
咀嚼運動は、②半自動運動の典型的なものです。咀嚼以外の半自動運動には、歩行や呼吸があります。
いずれの運動も、開始・停止などが自由にコントロールでき、運動自体はリズムを持った周期運動です。
 
口の中に何もないときは、咀嚼運動を続けることはできません。試しに、口の中になにも入っていない状態でもぐもぐと動きを続けてみてください。
つまり、咀嚼運動を持続させるためには、口の中の感覚が重要ということ。
口の中に入れた食べ物の持つ化学的・物理的刺激が、口の中の感覚器官を通して中枢に伝達されることで、周期的な咀嚼運動が持続できるのです。

そんな咀嚼運動の中枢は脳幹にあります。大脳皮質や扁桃体などもかかわっていますが、脳を取り除いた動物でも、食べ物を口の中に挿入すると咀嚼運動が起こることがわかっています。
植物機能だけが残った患者さんに食物を口の中に挿入すると、下顎の開閉運動が見られることがあります。しかし、食べ物を唾液と混ぜ合わせて食べやすい塊(食塊)にすることや、その食塊を飲み込むこと(嚥下)は困難な場合が多いようです。


(出典)『続「食べる」-食べるの科学-』(ブックレット新潟大学)p17

山田先生のポイント解説!

味わうことと咀嚼の関係性

現代人の食事では、柔らかな食材が増えたため、咀嚼回数が減少しているといわれています。しかし、それでも必ず1回は食べ物を噛み、舌でかき混ぜて食べ物の状態を調べています。この口の中での認知機構が、おいしさを感じることにつながっています。
「噛む動作」は、同時に「食物の安全を確認する動作」にもつながっているため、人間が食べるために絶対に必要な動作なのです。

■飲み込むことは反射運動

咀嚼の後は、飲み込むこと(嚥下)に移ります。
嚥下とは、唾液と混じり合って柔らかくなった食塊を口から咽頭、食道を経て胃に送り込む反射性の運動です。
嚥下は、①口腔期、②咽頭期、③食道期に分けられます。
 
① 口腔期
咀嚼が終わると、唇が閉じ、あごが固定され、舌骨が引き上げられて食塊を口蓋に押しつけながら、咽頭へと押し込みます。この運動は随意運動です。

② 咽頭期
食塊が咽頭に送り込まれると、まず軟口蓋が咽頭後壁と接触し、食塊が鼻のほうへ入るのを防ぎます。次に食塊が気管と食道の分岐にさしかかると、喉頭蓋が気管の入り口を閉じ、食道の入口にある輪状咽頭筋が緩んで、食塊は食道に入っていきます。この一連の動きは、わずか1秒以内という、瞬く間に行われる反射運動です。

③ 食道期
食道の筋のぜん動運動により、食塊は食道を移動して胃に流れ込みます。
 
最近、よく報道されるようになった誤嚥性肺炎は、②の咽頭期で起こります。食べ物や唾液が、食道のほうへ行かずに、誤って気管へ入ってしまい、食べ物に付いていた雑菌に感染して肺炎が引き起こされるのです。
 
嚥下運動を誘発するには、意思だけでなく、口の中からの刺激が必要です。
「口の中に何もない状態でのみこんでください」といわれてすぐに「ごくん」と飲み込むことはしにくいですが、水を一口含むと簡単にできるようになります。
それだけ、「口の中の感覚」は食べることと密接にかかわっているということなのです。


(出典)『続「食べる」-食べるの科学-』(ブックレット新潟大学)p30

山田先生のポイント解説!

口腔ケアが体の不調をふせぐ

嚥下障害は、その原因が脳血管障害など脳機能障害によるものが多いとされています。その予防のためにも、脳血管障害を起こしやすいメタボリックシンドロームへの対策が重要です。
それに加えて、口腔ケアも重要です。
加齢によって口腔機能は低下します。噛む力の低下、唾液分泌の低下、舌運動の低下、嚥下機能の低下を防ぐために、積極的な口腔ケアに努めましょう。

山田 好秋(やまだ・よしあき)

東京歯科大学口腔科学研究センター客員教授
歯学博士

1978年新潟大学大学院歯学研究科(口腔生理学専攻)修了後、同年4月に同大学歯学部助手、同年8月に米国ミシガン大学客員助教授を務める。81年長崎大学歯学部口腔生理学講座の助教授、84年米国ミシガン大学客員准教授を経て、93年新潟大学歯学部口腔生理学講座(現大学院医歯学総合研究科)教授。2003年同大学歯学部長、04年同大学大学院医歯学総合研究科長、12年同大学理事・副学長。11~14年日本咀嚼学会理事長。17年から東京歯科短期大学副学長、20年から東京歯科大学客員教授、新潟大学名誉教授。