めざせ8020 第31回

咀嚼回数を「見える化」して健康づくり

  近年の高齢者の「不慮の事故」のなかで、もっとも死亡者数が多いのは「誤嚥等の不慮の窒息」で、年間約8500人が亡くなっています。そのうちの約4300人は「気道閉塞を生じた食物の誤嚥」が原因です。これは年間の交通事故死者数を上回ります。

 餅が喉に詰まって亡くなるという話はよく耳にしますが、このような気道閉塞は食べ物が飲み込める状態になっていなかったことが原因の一つです。

 私たちが食べ物を食べる時は、歯で細かく砕いて、唾液と混ぜ合わせて「食塊」をつくり、飲み込みやすい形状にしています。しっかり噛んで食塊をつくることは、安全な食事には欠かせません。

 噛むことは健康にも影響しています。食べ物を噛み始めるとすぐに、体のなかではエネルギーを管理するためのメカニズムが働き出します。この際、噛む回数が多いほど脳の満腹中枢が刺激されて満腹感が早く生じるため、食べ過ぎを抑えることができます。生活習慣病のリスクを高める肥満の原因は大食いですが、大食いの原因の一つは早食いにあります。ゆっくり、たくさん噛むことは適切な食事量を保ち、肥満や生活習慣病などを防ぐことにつながると考えられるのです。

 しかし、それを科学的に証明するには、咀嚼回数を計る必要があります。では、どうすれば噛む回数を測ることができるのでしょうか。

 この問題を解決したのが、電気メーカー・シャープと私たちとの共同研究で完成した咀嚼計bitescan(バイトスキャン)です。私たちは開発の初期段階からハードウェア設計に重要な生体計測や測定精度の検証を行ってきました。バイトスキャンはスマホアプリと連動して咀嚼回数やテンポなどを表示する装置です。 私たちも、一定の回数を噛むことによって食べ物がどれだけ細かく砕けるか(咀嚼能力)については研究してきました。しかし、咀嚼回数(咀嚼行動)を計る手段はありませんでした。バイトスキャンの登場で、咀嚼行動を正確に測ることができるようになったのです。(※1)

 実際にバイトスキャンを使って咀嚼とBMIの研究も行いました。101名の成人を対象に、おにぎり1個(100g)を食べた時の咀嚼回数を調査したところ、平均の咀嚼回数は215回で、BMIが高い人ほど咀嚼回数が少ないことがわかりました。(※2)

 さらに、咀嚼行動を変えるにはどのような方法が効果的かについて、菓子メーカー・ロッテや他企業の協力を得て調べました。被験者に、①噛むことの効用についての啓発パンフレットを配布、②パンフレットを配布し、かつバイトスキャンを使って咀嚼回数を確認してもらう、③普段の咀嚼回数より少し多くした目標値を提示し、バイトスキャンで咀嚼回数を確認してもらう、の3通りの方法で1か月間調べた結果、③の場合は噛むことへの意識が高まり、おにぎりを食べる際の咀嚼回数が平均36%増加しました。(※3)

 何回噛んでいるか、どれだけ早食いかなど、自分の食事の癖が数字で「見える化」されたことが、具体的な目標となり、行動変容につながったと考えられます。

 もっとも、よく噛むためにはよく噛める口腔環境を整えることも大切です。ぜひ定期的に歯科医師の診察を受け、メンテナンスを心掛けてください。

※1 Hori K, Uehara F, Yamaga Y, et. al, J Prosthodont Res, 2020
※2・※3  https://www.niigata-u.ac.jp/news/2020/78306/

小野高裕

新潟大学大学院医歯学総合研究科教授。歯学博士。1998年大阪大学歯学部助教授に就任。大阪大学臨床医工学融合研究教育センター・大阪大学先端科学イノベーションセンター准教授を兼任。2014年10月から現職。

シャープ【バイトスキャン】:耳に装着して噛む回数を計測

「バイトスキャンは入社3年目の社員11人が、社内研修で与えられた新現商品開発というテーマから生まれました。3か月程度でおよその骨格ができ、以来、小野高裕先生やロッテの協力を得て開発を進めてきました。」と話す、シャープBtoBソリューション事業統括部の谷村基樹さん。

 「ひと口30回は噛むといい」といわれますが、実際に何回噛んでいるのか、自分で数えるのは難しいものです。また、噛む回数を意識しすぎると、せっかくの食べ物がおいしくなくなってしまったりして、結局いつものペースに戻ってしまうのが現実ではないでしょうか。

 しかし、噛むことが健康と深く関わっていることは誰もが知るところです。手軽に噛んでいる回数がわかれば、もっと健康に気をつけるようになるかもしれません。

 そこで、咀嚼の状態を見える化し、健康管理につなげようという製品が開発されました。それが、「バイトスキャン」です。バイトスキャンには赤外線センサがついており、顎の動きをキャッチします。事前にスマートフォンに専用アプリを入れておき、バイトスキャンを耳に装着して食事をすると、リアルタイムで咀嚼回数、咀嚼テンポ、食事時間、姿勢のよしあし、ひと口の平均咀嚼回数、アドバイスなどがスマートフォンに表示され、咀嚼の状態が一目瞭然。データは蓄積されるため、グラフにして改善状況を確認することもできます。「噛むをはかり、気づき、行動を変える」というコンセプトが高く評価され、2020年には「グッドデザイン・ベスト100」を受賞しました。

 現在は業務用としての販売しか行われていませんが、近い将来、家庭や会社、学校でバイトスキャンが健康管理のツールとして使われるようになるかもしれません。

バイトスキャンの詳細情報はこちら 
https://jp.sharp/business/solution/aiot/bitescan/

NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2021年2月号掲載