【#32】めざせ8020 ~歯が元気なら体も元気~

めざせ8020 第32回

口内環境が体のトラブルのもとになる??


噛むことの大切さをお伝えしてきた「めざせ8020」は連載5年目を迎えました。
今回は特別対談として、高齢者歯科学が専門の水口俊介先生と千葉県歯科医師会会長の砂川稔先生に「8020運動」の成果と今後の課題についてうかがいました。

対談者プロフィール

水口 俊介(みなくち・しゅんすけ)

水口 俊介(みなくち・しゅんすけ)

東京医科歯科大学大学院高齢者歯科学分野教授。日本咀嚼学会常任理事。全部床義歯において、コンピューターを活用した診療支援システムの研究開発に携わる。

砂川 稔(すなかわ・みのる)

砂川 稔(すなかわ・みのる)

千葉県歯科医師会会長。明海大学客員教授。中央鉄道病院口腔外科、浜松鉄道病院、浜松医科大学口腔外科を経て砂川歯科袖ケ浦医院開院。

80歳の半数は20本の歯を残している 

—80歳になっても自分の歯を20本以上残そうという「8020運動」の成果は出ていますか。

水口 「平成28年歯科疾患実態調査」で、80歳で20本以上の歯をもっている人の割合が51.2%と推計されることが明らかになりました。5年前より11%の増加です。運動を始めた1989年ころは、「8020」を達成している75歳以上の高齢者は10人に1人にも満たない状況でしたから、簡単に達成できるものではないと思っていたのですが、30年ほどで半数の人が達成し、今後も増加すると予測されています。これは、大成功といっていいと思いますね。こんな国はほかにありません。歯の健康に対するリテラシーが確実に上がってきたといえます。

8020(現在歯20本以上)割合の年次推移

砂川 リテラシーという意味でいえば、8020運動が果たした役割は非常に大きかったと思います。1960年代から1970年代の高度成長期は、日本は虫歯のある子どもがとても多い国でしたが、8020運動が浸透するとともに、学校での保健教育も進み、今では虫歯のある子どもの割合は急激に減っています。
一方で、高齢社会になったために、口腔機能の衰えによる弊害が出てきたり、その弊害が別の病気を引き起こしたりといった問題が出始めています。そこで注目されるようになったのが「オーラルフレイル」対策です。

たんぱく質をしっかりとって健康長寿をめざす 

—「オーラルフレイル」という言葉は、最近よく耳にするようになっていますね。

水口 「オーラルフレイル」は、口(オーラル)の虚弱(フレイル)という意味です。噛んだり飲み込んだりする口腔機能が衰えることによって、むせたり、食べこぼしたり、噛めないものが増えたりする状態のことをいいます。これが進行すると、低栄養や誤嚥性肺炎などを引き起こして体にまで悪影響を及ぼし、心身のフレイルを招いてしまいます。
例えば、歯がないと野菜や果物は食べにくいため、摂取量が減ってしまい、栄養状態が悪くなってしまいますね。野菜や果物の摂取が少ない人は、がんの発症リスクが高いという研究報告もあります。口腔機能を維持させることは、健康維持と密接にかかわっているのです。
そうした意味では、これからは歯を残すことと同時に、口腔機能の維持や向上を図って、健康のためになにを食べるかまでをサポートすることが歯科医師の役割になるでしょうね。

砂川 歯科医師というと、虫歯の治療や入れ歯をつくることが仕事だと思われがちですが、実は食支援が大きな仕事なんですね。そこで、千葉県歯科医師会が2018年から始めたのが「運動」です。80歳になっても肉などの良質なタンパク質をとって元気に過ごそうという運動です。
高齢になると、タンパク質が不足してきます。ところが、私たちの体の筋肉、臓器、皮膚などの主な成分はタンパク質ですから、タンパク質が不足すると筋肉量が減少しフレイルの状態となってしまい、なにも対策しなければ介護が必要な状態になってしまう可能性があります。
国内の大規模な調査では、タンパク質の摂取が多いほど脳卒中のリスクが低くなることがわかっています。ですから、8029運動には、8020運動で自分の歯を残したら、今度はその歯で肉をしっかり噛んで健康寿命を延ばしましょうという意味があるんです。もちろん、肉だけでなく魚や大豆、卵などでもいいですよ。1日のタンパク質の摂取量の目安は、体重1キログラムに対して1.0〜1.2グラムです。体重50キログラムの人なら50〜60グラムのタンパク質をとるようにします。豚肉50グラムなら約13グラム、卵1個なら約6グラム、納豆50グラムなら約8グラムのタンパク質がとれます。

口の運動やよく噛むことで口腔機能を改善 

—口腔機能を維持することが健康長寿にもつながるということですが、どうしたら口腔機能は維持できますか。

水口 自分でも口の運動をするといいですね。口を大きくあけて10秒間そのままをキープする運動を5回繰り返すだけでもいいです。

砂川 口をしっかり開けて「は・ち・ま・る・に・く」と声を出し、最後に「ベー」と舌を出す運動など、できそうな運動をしていただければいいと思います。また、噛むことも効果的です。2019年に、千葉県歯科医師会と日本大学松戸歯学部衛生学講座が協力して、噛むことが高齢者の口腔環境に影響するかどうかを調査しました。
対象者は高齢者施設を利用している70人の方で、平均年齢は83歳です。2か月間、1日3回食後にガムを2分間噛むグループと噛まないグループに分けて調査したところ、ガムを噛んだグループは、「食事がおいしくなった」「食欲が増した」などというデータが出てきました。さらに、「介護をする人と利用者の意思の疎通がしやすくなった」というデータも得ることができました。これは、噛むことで咀嚼能力が向上したためだと考えられます。継続的にかむことは、咀嚼のトレーニングとして、とても効果的だとわかりました。

口腔機能を上げるお口の体操

水口 フレイルは、運動などによって早めに対策をすれば元の健常な状態に戻る可能性がありますので、噛むことによるトレーニングはフレイル対策にもなりますね。
ガムを噛むことによって記憶力が上がるという報告もあり、若い人より高齢者のほうが上がり方が大きいという結果です。噛むことは高齢になっても脳を活性化させるかもしれません。
もちろん、食事の際にしっかり噛めればいいわけですから、いつまでも噛める状態を維持しておくことは、非常に大事なことなんですね。

新型コロナウイルス感染症は口内環境にも影響を与えている 

—新型コロナウイルス感染症の流行が、高齢者の歯の健康に影響を及ぼしているということはあるのでしょうか。

砂川 フレイルには3つの要素があります。それは、食事、運動、社会参加ですが、このコロナ禍でいずれもが満足にできなくなっています。この影響は大きいですね。
家にこもっているので、運動はできない。そうそう買い物にも行けず、簡単な食事ですませてしまう。人と会えないので社会参加ができない。そしてなによりストレスがたまってしまって免疫力が落ちてしまう。フレイルになる条件がそろってしまいました。

水口 マスクをしていると苦しくて、口呼吸になるため、口の中が渇いてきます。口呼吸でもあまり渇いた感じがしないのですが、実際には唾液の分泌量は減っているのではないかと思われます。

砂川 唾液の分泌が減ると、虫歯や歯周病になりやすくなります。さらには、ウイルスなどによる感染症も引き起こしやすくなります。新型コロナウイルス感染症はさまざまな悪循環を招いています。

毎日の口腔ケアは丁寧なブラッシングが基本 

—毎日きちんと歯磨きをしているという方がほとんどだと思いますが、毎日の手入れで気をつけることはなんでしょう。

水口 歯磨きは、完璧にしようとすると難しいものです。しかし、完璧とはいかなくても、ある程度の汚れを取らなければ意味がありませんから、きちんと歯科医師や歯科衛生士にブラッシングの方法を教えてもらうとよいでしょう。

砂川 基本的には毎食後にしていただきたいですね。

水口 昼食後の歯磨きが無理なら、夜、寝る前にはしっかり磨いて、確実に汚れを落としたいですね。
そして、できればなんでも相談できる歯科医師をみつけて、3か月に1度くらいは歯科医のもとで歯のクリーニングをし、しっかり噛める歯を維持していただくのがよいと思います。

歯根膜と脳血流の関係

NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2021年4月号掲載