NHKテキスト「きょうの健康」にて掲載された、「めざせ8020」の記事をお届けいたします。

めざせ8020 第4回

オーラルフレイルを見逃すな

つまずきやすくなった、食欲がわかなくなった、外出したくなくなった。
健康だった人が、年齢とともに体や心、社会性が衰えてしまうことがあります。このような、健康な状態から心身の機能が低下する状態までの途中段階を「フレイル」といいます。フレイルとは「虚弱」という意味です。フレイルがさらに進むと、介護が必要になってしまうこともあります。

出典・一般社団法人日本老年歯科医学会学術委員会
「高齢期に おける口腔機能低下―学会見解論文2016年版―」

このフレイルは、上の図のように口の中でも同じように現れます。滑舌が悪くなった、むせや食べこぼし、噛めない食品が多くなってきたというようなオーラルフレイルの状態をそのままにしていると、そのうちに噛む力が弱くなったり、飲み込む力が衰えたりし始めます。口腔機能低下症といわれる状態です。さらにこれを放置しておくと、口腔機能障害という、噛むことも飲み込むことも難しい状態になり、全身の機能を低下させてしまいます。
実際、千葉県柏市で行われた大規模調査によると、筋力低下(サルコペニア)の人たちを観察すると、口腔機能の低下が見られたという報告があります。口の機能と体の機能は密接につながっているのです。
多くの人は、歯や口の中の状態が悪くなると、年のせいだからしかたがないとあきらめてしまいがちです。しかし、あきらめることはありません。まずフレイルの状態に気づくこと、そしてその状態を管理すればよいのです。そうすれば、その状態を改善させることもできます。
オーラルフレイルを予防して、健康で長生きするために次の3つのことに気をつけましょう。1つ目はバランスのよい食事で栄養をしっかりとることです。そのためには食べたり飲み込んだりが正常に行われなければなりませんから、歯磨きや歯間ブラシなどでのケアはもちろん、歯周病の治療なども必要になります。歯科医による定期的なお口の健康診断も大切です。2つ目が運動です。ウォーキングや散歩などはおすすめです。3つ目が社会参加です。ボランティアや、友達と食事をしたりするのも社会参加のひとつです。一見、歯とは関係がないように見えることが、実はオーラルフレイル予防、ひいては心身のフレイル予防につながります。

厚生労働省が認知症の人の環境整備を進めるために策定した「新オレンジプラン」では、歯科医師が認知症の疑いのある高齢者の状況に応じた口腔機能の管理を行うことが推進されています。歯科医師の診療は高齢者の心身の変化を知る手がかりになることも多いのです。この点からも、かかりつけの歯科医師とのコミュニケーションをオーラルフレイルの管理と健康維持につなげていただきたいと思います。

羽村章

日本歯科大学生命歯学部長。日本歯科大学附属病院長を経て現職。専門は高齢者歯科学。日本老年歯科医学会副理事長、日本老年学会理事。日本歯科医学教育学会などに所属。

8020さんのご紹介:失明してから始めた マラソン、ダンス…

和田彰さん

年齢:82歳 歯の数:24本

和田彰さんは、50歳のときに網膜色素変性症で失明している。しかし、その後の暮らしぶりは、視覚障害を感じさせないものだ。
職業訓練のために寮生活を送っているとき、うっすら見える白線を頼りにグランドを走ってみた。これがマラソンを始めるきっかけになった。しかし、伴走者がいなければ走れない。すると奥様が練習を始め、2人で大会に出場するようになった。フルマラソンにはすでに60回チャレンジ。
それだけではない。19年前からソシアルダンスを始め、すでに37回のデモンストレーションを披露している。「若い女性と腕を組めるのですから、ダンスは楽しいですよ」とにっこり笑う和田さん。「ステップを覚えるのに頭も使うから、ぼけ防止にもなるんじゃないかな」と健康面にもしっかり気を配っている。
頭を使っていつまでも元気に過ごすことを第一に考え、1日の時間割をつくって規則正しい生活を心がけてもいる。さらに朝食では、プルーン、ヨーグルト、メザシ、にんにく、梅干し、ナッツ類、とろろ昆布、季節の果物など10種類以上の食品を毎日とる。そして、1日3回しっかり歯ブラシと歯間ブラシで歯を磨く。外出先でも磨けるよう、歯間ブラシはいつもポケットに入れているという。こうした健康習慣が和田さんの挑戦を支えているようだ。

NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2017年2月号掲載

めざせ8020 第5回

認知症や転倒のリスクは歯の数でも変わる

歯の健康と健康寿命には、大きな関係がありそうなことが、大規模な調査でわかってきました。厚生労働省の「国民生活基礎調査(平成25年)の結果から」を見ると、介護が必要になった原因は1位が脳血管疾患、2位が認知症、これに高齢による衰弱、骨折・転倒が続いています。これらの中で、認知症や転倒と歯の健康の関係が、明らかになったのです。
要介護認定を受けておらず、生活自立度が全自立である65歳以上の4425人を4年間追跡調査したところ、下のグラフのように、歯がほとんどないにもかかわらず義歯を使っていない人は、20本以上歯がある人と比べて認知症発症リスクが1.85倍も高いという結果が出ています。

さらに追跡調査で、過去1年間に一度も転倒したことがないという65歳以上の1763人を対象に義歯を使っているかどうかと、調査から3年後の転倒との関係を分析したところ、歯が19本以下で義歯を使っていない人と、20本以上歯のある人とを比較してみると、3年後の転倒リスクは義歯を使っていない人のほうが2.5倍も高いことが明らかになりました。
このように、義歯であっても歯があるかないかでは、認知症や転倒に与える影響はとても大きなものがあるのです。
ところで、なぜ義歯を使ったほうがいいのか。これに対する答えはまだ研究途中です。しかし、私は次のような仮説を立てています。
まず、歯がないために咀嚼ができず、脳の認知領域(海馬など)への刺激が低下して認知機能が低下するのではないか。また、生野菜や豆類など、嚙まなければ食べられない食品の摂取不足によって、これらの食品に含まれるビタミン類が不足して認知症発症リスクが高まっている可能性もあり得ます。さらには、歯を失う過程で歯周炎があれば、そこでつくられる物質(サイトカイン)が歯肉の血管を通して血液に流れ込み、体や脳に悪影響を及ぼしているともいえそうです。
転倒に関しては、義歯を使っていないと、顎の位置が不安定となり、体全体のバランスが崩れてしまって転倒しやすくなっていると考えられます。
歯をなくす原因は虫歯や歯周病ですが、これらはフッ素配合の歯磨き剤の使用やていねいな歯磨きによってかなり予防・改善させることができます。将来の健康寿命を伸ばすために、歯科医師の指導を受けて効果的な方法を身につけ、ぜひ今日から実行していただきたいと思います。

山本龍生

神奈川歯科大学口腔科学講座教授。歯周病を改善させるためのブラッシング「つまようじ法」の普及に努める。社会歯科学会理事、日本歯周病学会評議員などを歴任。

8020さんのご紹介:タクアンとおせんべいが大好き

佐藤糸子さん

年齢:92歳 歯の数:30本

佐藤糸子さんは、東京都豊島区にある「元気!ながさきの会」の会員として活動している。この会は、豊島区と東京都健康長寿医療センターが連携し、健康セミナーや料理、パソコンなどさまざまな活動を通して、認知症にならないための活動を行っている。
佐藤さんの趣味は幅広い。今まで、パソコン、フィットネス、太極拳などに参加していた。パソコンの腕前を聞くと、「年賀状くらいならつくれるわね」とのこと。今はミュージックレクにはまっている。ミュージックレクとは、音楽を楽しみなが介護予防に役立てる一種の音楽療法。歌を歌ったり、時には体を動かしたりと、頭も体も使わなければならないが、これが非常に楽しいのだそうだ。さらに、若いころから短歌を詠むのも好きで、NHKラジオ「文芸選評」などに投稿し、番組で読み上げられることもしばしばだという。
この会で仲良く活動しているのが、平田玲子さんと藤井富美好さんだ。2人も”8020さん“で、平田さんは20本、藤井さんは28本の歯がある。3人とも歯の手入れでは歯間ブラシを欠かさないという。
佐藤さんの好きな食べ物は、タクアンとおせんべい。周りから「そろそろやめては」といわれるが、かかりつけの歯科医師には「タクアンで折れるような歯ではありません」と太鼓判を押されているそうだ。

NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2017年3月号掲載

めざせ8020 第6回

健康長寿のためのフレイル予防は

「年は取りたくない」と思う時はありませんか。お茶や汁物を飲んだ時にむせる、歩く速さがちょっと遅くなったなど、ささいなことだけれど、以前とは少し変わってきた自分を感じる。そうしたことは、誰でも年齢とともに増えていきます。
これを放っておけば、心身の活力は徐々に衰えていき、さらに進めば介護が必要な状態になってしまいます。このように、健康な状態と介護が必要な状態の真ん中の状態を「フレイル」といいます。フレイルは、虚弱を意味する英語frailty (フレイルティ)を語源とした言葉です。
フレイルははっきりと自覚できるものではありませんが、先ほどのむせたり歩行の遅れなど、日常のちょっとした衰えはフレイル信号です。もちろん、すぐに要介護になってしまうわけではありません。しかし、フレイルの状態に早めに気づいて対処すれば、もとの状態に戻すことができます。

フレイルの状態になってしまう原因としては、図の3つが影響しあっています。なかでも、社会参加が減ってしまうことがフレイルの第一歩であることが、私たちの調査で明らかになっています。
では、フレイルを予防したり、少しでも前の状態にするにはどうしたらよいのでしょうか。私は、皆さんに次のようにアドバイスしています。例えば、歌が大好きで友だちと2人で月1回カラオケに行っている人であれば、「週2回にしましょう。歌う歌も増やしたほうがいいですよ」。こうすれば身体活動が増えます。「一緒に行く友だちも5人にしましょうよ」。これで社会参加がぐっと増えます。さらに、「帰りにはファミレスで食事をしましょう。みんなで食べれば、肉や魚もおいしいですよ」。どうでしょう。これならできると思いませんか。もちろん、囲碁でも将棋でもよく、それぞれが好きなことで人と関わりを持ちながら、楽しく活動して、しっかり食べる。この3つが継続してできればよいのです。フレイル予防を難しく考えることはありません。
ところで、体のフレイルは口腔機能のフレイルとも密接に関係しています。当初は意欲が低下することで歯周病や虫歯への関心が低くなり、これが歯をなくす原因になってしまいます。そうするうちに、滑舌が悪くなったり、食べこぼしやわずかなむせ、噛めない食品が多くなり、さらに進むと噛む力が弱くなって、食べる量が減って低栄養に。そして、いよいよ自分で飲み込めなくなり、要介護状態を余儀なくされます。このように、口腔機能の低下によって体のフレイルが進んでしまうのです。
「しっかり噛んで楽しく食べる」ことは健康の原点です。健康なうちからかかりつけの歯科医師に定期的に健診を受け、歯の手入れを行うことは健康長寿の秘訣です。

飯島勝矢

東京大学高齢社会総合研究機構教授。内閣府の一億総活躍国民会議の有識者民間議員、日本未病システム学会理事などを歴任。フレイルの概念を提唱し、その予防に取り組む。専門は老年医学。

8020さんのご紹介:編み物と頭の体操は日課。シルバーパスで都内散歩も

平山寿代さん

年齢:83歳 歯の数:28本

「八十の手習いなのよ」と手にするのは、編み物の数々。ブローチからカーディガンまで、作品は多種多様だ。実際に、80歳から習い始めたそうで、今年で3年目。テレビをつけてから定位置の椅子に座り、編み棒を手にするのが日課で、今ではなくてはならない趣味になったと平山寿代さんはいう。週に一度の編み物教室には欠かさず通っている。
平山さんのもう一つの日課が、頭の体操だ。専用のゲーム機を片手に、漢字の書き取り、足し算や掛け算を次々とこなしていく。「少し前までは30秒でできていたのに、今は50秒もかかることがあるの。衰えを感じるわ」と嘆息が漏れるが、ゲーム機に表示された脳年齢は40歳代。
家の中で過ごすばかりではない。東京都が発行するシルバーパスを利用し、路線図を片手に、都営地下鉄やバスを乗り継いで散歩をするのもしばしばだ。その日の気分次第で、目的地なしの「一人日帰り旅行」を楽しむ。
そんなポジティブな平山さんだが、歯の手入れに関してはまったく無頓着だ。朝晩は「ちょちょっと歯磨き」でおしまい。しかし、魚は骨まで食べつくし、おやつは煮干し。骨粗しょう症の検査では、同年齢の人の130%という結果で、医師に褒められた。
今年は、昔よくやっていたテニスに再チャレンジするという。

NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2017年4月号掲載