NHKテキスト「きょうの健康」にて掲載された、「めざせ8020」の記事をお届けいたします。

めざせ8020 第13回

自分の口でおいしく食べることは健康の基本条件

「全身の健康を維持する基本は口からおいしく食べることだ」と、私は講演会などでよくお話しします。入れ歯であっても、あるいは歯が全部抜けてしまっていたとしても、食べ物をそれぞれの人に合った形にしたり柔らかくして、自分の口でおいしく食べることは非常に重要です。

私がこのようにいうのは、高度急性期医療(*1)に歯科の分野から関わっているためです。難しいがん治療や移植手術の際には、口中の感染源を完全になくすよう求められることがあります。これは、口中の細菌によって引き起こされる合併症を防ぐためです。こうした特別なケースだけでなく、身近なところでも、口中の細菌が低体重児(2500グラム未満の赤ちゃん)の出産につながったり、直接的・間接的に動脈硬化や糖尿病などに悪影響を及ぼしたりすることがわかっています。口中の細菌は健康と深く関わっており、それは自分で食べることとも結びついているのです。 

細菌は誰の口の中にもいるのですが、自分の口で食べられなくなると通常以上に数が増えてしまいます。口の中に食べ物が入らなければ、細菌が増えることはないだろうと思いがちですが、実はそうではありません。たとえば、手術後に経管栄養(*2)になると、細菌は異常に増えてしまいます。また、通常であれば検出されないような細菌が増えて、細菌のバランスも変化してしまうことがわかってきました。自分の口で食べることで、自然に細菌の数やバランスをコントロールしているのです。

自分の口で食べることのもう一つの効果は、認知症への影響です。噛むことによる脳への刺激や血流の増加は、認知症の進行を遅らせる効果が期待できるといわれています。この点においては、歯の数も問題です。九州大学が行っている久山町研究では、5年間の追跡調査でグラフのように20本以上歯が残っている人を1とした場合、1〜9本しか歯が残っていない人は認知症発症リスクが1.8倍も高いことがわかっています。自分の歯でおいしく食べられることは、健康で暮らすための条件の1つといえます。

そのためには、かかりつけの歯科医師を持つことをおすすめします。中高年以降から特に気をつけたい歯周病の進行を防ぐためには、プロのケアが欠かせません。総入れ歯になると「もう歯医者さんにはいかない」という人もいますが、定期的に調整してもらうことはしっかり噛める入れ歯を維持するためにとても大切です。

*1 急激な病気の進行が予測される急性期の患者に対して、状態の早期安定化に向けて行われる診療密度(1日当たりの出来高点数)が特に高い医療。

*2 鼻や腹壁からチューブなどによって胃や腸に流動食を送る方法。


柏崎晴彦

九州大学大学院高齢者歯科学・全身管理歯科学分野教授。日本口腔外科学会専門医・指導医。がん治療や移植などの高度急性期医療における口腔管理が専門。

8020さんのご紹介:両親とかかりつけの歯科医師に感謝

田中幸一郎さん

年齢:82歳 歯の数:22本

「私は寂しがりやの人好きですから」という田中幸一郎さんは、人との関わりを大切にするうちに、豊島区民社会福祉協議会会長、豊島区町会連合会会長など30を超える役職を担うようになってしまったと笑う。毎日、3つから4つの会議やイベントに出席しなければならないため、家でじっとしている暇がない。

「趣味はないけれど、人に合わせるのが得意なので、知り合った人の趣味を自分のものにしてしまうんですよ」。知り合った人がジャズ好きなら、その歴史を学び、名だたるプレーヤーのCDを聴き、ライブに行くといった具合に、知り合いの趣味にとことん付き合っているうちに誰よりも博識になってしまう。これがゴルフでも旅行でも同様に付き合うというから、その忙しさは並大抵ではない。 

22本の歯は、特に手入れをしているわけではないそうで、ひとえに両親とよい歯科医師に出会えたことに感謝だという。3か月に1度は定期的に検診を受け、虫歯などが見つかればすぐに治療してもらう。これを20年以上続けている。歯磨きは朝だけだが、毎食後に歯間ブラシとうがいを欠かさない。 

最近、腎機能が低下していると指摘され、塩分控えめの食事を心がけている。自由気ままに、人に迷惑をかけないように生きるには、まず健康が大切だと田中さん。

NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2018年2月号掲載