NHKテキスト「きょうの健康」にて掲載された、「めざせ8020」の記事をお届けいたします。

めざせ8020 第14回

よく噛んで味わうことが生きる力の向上に

「よく噛んで食べなさい」。子どもの頃には親や先生からよく言われたものです。しかし、なぜ噛むことが大切なのでしょうか。

よく噛んで食べることには大きく2つの意味があります。

まず、よく噛むことは口全体の運動になります。これにより、唾液がよく出るようになります。唾液は口のなかの食べかすを洗い流したり、食事で酸性に傾いた口のなかを中性に戻そうとするなどさまざまな働きをしています。
さらに、よく噛むことは口や舌の運動機能の向上にも貢献します。口の周りの筋肉が衰えては、噛むことはおろか、話すことにも支障が出てしまうことがあります。さらに、舌は食べ物と唾液を混ぜ合わせたり、噛んだものを食道に送ったりします。舌が滑らかに動くことは、食べたり話したりするうえで非常に重要です。

もう1つのよく噛むことの意味は、口の感覚を刺激することにあります。口の感覚とは、甘い、辛い、硬い、柔らかいなどといった感覚です。こうした感覚が脳の血流を増やし、活動を促進させます。

このように、よく噛んで食べることは、運動と感覚の両面の意味があるわけですが、ただ噛むようにといわれても、実行するのはなかなか難しいものです。そこで私は、「噛むこと」と同時に「食べ物を意識すること」も大切だと考え、「カムカムメニュー」を推奨し、実際に大学の食堂の協力を得て提供しています。少し硬い食材、一口では食べきれない切り方などで工夫した噛み応えのあるメニューです。たとえば、シャキシャキ感の残ったごぼうのきんぴらを食べた人は、「歯ごたえがあるな」と感じ、よく噛むことで食材の味わいが深まります。さらに、「どんな調理法だろう」という疑問が出てきます。これらは意識が食べ物に向いたことの表れです。意識が高まると、自分の食生活を改めて考えるようになります。

大学でカムカムメニューを食べた人にアンケートをしたところ、面白い結果が出ました。「満足したか」「噛むことを意識したか」「硬く感じたか」「食材や食材の味を意識したか」の4項目のアンケートに点数をつけ、各項目の相関を調べたら、「満足」は他の3つの項目と有意な相関を示さなかったのですが、「硬く感じた」と「噛むことを意識した」「食材を意識した」は相関が認められたのです。これは、食べ物を硬く感じると、噛むことを意識し、それが食への意識を高める可能性を示しています。

家庭でも、時にはいつもより少し大きく食材を切ったり、硬めに調理し、「きょうはカムカムメニューよ」と家族にも伝え、噛むことを意識しましょう。噛むことを楽しみ、よく味わい、食の選択肢を広げることは生きる力を向上させるはずです。

増田裕次

松本歯科大学総合歯科医学研究所教授。専門分野は機能系基礎歯科学。よく噛んで味わうことを推奨し、その実践的な活動として「カムカムメニュー」を提唱している。

8020さんのご紹介:こだわりは極細毛先の歯ブラシ

北村蓉子さん

年齢:82歳 歯の数:23本

富山県の疎開先から東京に戻ってきたのは1945年3月のこと。3月10日の東京大空襲で10万人の死者が出たため、生きている間に親子が再開しようと疎開先から東京に戻ったのだ。しかし、5月に被災。火の海のなかを逃げ延びたという。衣食住すべてがなく、病気も飢えも蔓延していた。女性にも大学の門戸が開かれたとき、先生の「これから女性の医師や弁護士が活躍する時代になる」の一言で、北村さんは医師になろうと決意した。

今も現役を続けながら、混声合唱団で熱唱している。毎年、チャリティーコンサートを開き、アフガニスタンへ車椅子を送り続け、16回になる。

北村さんの元気の秘訣は、朝起きたらまず口をゆすぎ、そのあとコップ1杯の水を飲むことだ。全身の血管に水分が行き渡る。体を活動開始モードにするコツだそうだ。食事は一口目だけはしっかり10回噛む。「本当は20回は噛みたいけれど、なかなか難しいわね」。噛むことで唾液が出、食べ物に混ざって消化も味わいもよくなる。

歯周炎を防ぐためにも、おいしく食べるためにも、歯磨きは効果的にしたいと、歯科医師と相談したり、新聞広告を探しまくり、毛先が0.03ミリの歯ブラシに出会った。以来、歯と歯ぐきのすき間がしっかり磨けるようになり、「磨いた後、気持ちいいと感じられる。これが大事」と愛用している。簡単で、誰でもできる北村さんの健康法は、長年の医師としての経験がものをいっているようだ。

NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2018年04月号掲載

めざせ8020 第15回

50代から急増する口腔機能低下症

口腔機能低下症といっても、初めて聞いたという人のほうが多いかもしれません。実際、これは2016年に日本老年歯科医学会が発表したまだ新しい病名です。

今まで歯科医師は、患者さんの噛めない、飲み込みづらいといった状態をそれぞれ単独の障害として捉え、研究・治療してきました。私も以前、ある患者さんが食べるのに時間がかかって困るというので、入れ歯が合ってないのだろうと考え、入念に調整したのですが、間もなくどうしても噛めないと再び相談に来られたことがあります。そこで検査をしたところ、その患者さんは口のなかの機能に問題がありました。舌圧(*1)が低かったのです。

歯のケアをおろそかにしていると、歯周病や虫歯によって歯をなくす事態となり、それを放置しておくと食べこぼしたりむせたりするようになります。これが最近よく耳にするオーラルフレイル(*2)の状態です。この段階で歯科医師を受診して改善できればよいのですが、これも放置しておくと口腔機能低下症になってしまいます。

口腔機能低下症とは、先ほどの患者さんのように口の働きが低下した状態です。①口腔不潔、②口腔乾燥、③咬合力低下、④舌口唇運動機能低下、⑤咀嚼機能低下、⑥嚥下機能低下、⑦低舌圧、の7項目のうち3項目以上に当てはまると口腔機能低下症と診断されます。口腔機能低下症になっても治療によってそれ以前の状態に回復させたり現状を維持させることは可能です。

しかし、この段階でも治療を受けずに放置していると、嚥下障害や咀嚼機能不全といった口腔機能障害になってしまい、専門的な知識をもつ歯科医師の治療が必要になります。また、ここまでになると元の状態に戻ることはできません。こうした機能の衰えは栄養不足や体力低下を招き、ひいては介護が必要な状態につながることもありますから、できるだけ早い段階でくい止める必要があります。

下の表で、1つでも当てはまる項目があれば歯科医師を受診して検査を受けてください。2018年4月からは口腔機能低下症の検査と65歳以上の口腔機能低下症の人に対して、歯科医院での清掃方法や口周りの体操の指導が健康保険で受けられるようになりました。

口腔機能低下症は50歳代になると50%近くの人が発症します。予防のためには定期的にかかりつけの歯科医師を受診し、口のなかの健康管理を心がけておくことが大切です。また、機能低下を防ぐには、「パ・タ・カ」を順番に早口で繰り返したり、口を開けたまま舌を前に出したり、左や右に出したりする体操をするのもよいでしょう。

*1 舌圧とは、口に取り込んだ食べ物を舌が上あごの前方部との間でつぶす力をいう。
*2 フレイルとは、虚弱の状態をいう。


櫻井薫

東京歯科大学老年歯科補綴学講座主任教授。専門は老年歯科。日本老年歯科医学会理事長。高齢者の研究で歯科界をリード。口腔機能低下症の啓蒙にも力を入れている。

8020さんのご紹介:健康を支える手作り料理

上妻英夫さん

年齢:87歳 歯の数:25本

お弁当などに入っている程度のエビなら頭から尻尾まで食べつくすという上妻英夫さん。一方奥さまは、昔から手作りの塩麹に鶏の胸肉を漬け込み、野菜炒めや揚げ物にして食卓に出しているそうで、「肉は柔らかくなるし、たんぱく質はしっかりとれるし、一石二鳥。ほぼ毎日食べてます」とのことで、近年の麹ブームに驚いている。みそ汁の出汁は煮干しを丸ごと粉末にしたもの、塩昆布や黒豆は常備菜。「インスタント食品は食べない」と徹底した手作り派だ。

上妻さんはここ3年ほど、よく噛むことも心掛けている。一口20~40回は噛むようにしているため、家族より食事の時間はかかる。しかし、新聞や雑誌で噛むことによる認知症予防への影響を知り、自分でできることはやらなければと取り組み始め、今ではすっかり習慣になっている。もちろん、三食後の歯磨きも欠かさない。夜は念入りにブラッシングする。

20歳のときにタオルの名入れ会社を起こし、67年に渡って経営してきた。今は息子さんがインターネットで展開しており、「時代が変わったので、私は手伝いですよ」というが、まだまだ現役。私生活ではYMCAの活動を支援する東京山手ワイズメンズクラブの会長を務めている。会長職はすでに3回目で、海外での国際大会にも積極的に参加してきた。若い会員のまとめ役として、こちらもフル稼働中だ。

NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2018年06月号掲載