2018年8月24日、「噛むこと健康」の研究実施と、その効果を世の中に広めていくことを目的として、「噛むこと健康研究会」が設立されました。設立に際し、都内で開催された発足会についてご紹介します。

メタボリックシンドロームという概念はどうして生まれたか

<講演1>

「噛むこと健康研究会」代表理事
住友病院院長 松澤佑次先生

メタボリックシンドロームは、基本的に内臓肥満が多くの病気をもたらすという概念です。薬で治療するのではなく、生活習慣の改善で治る病態ということで、国を挙げてメタボ対策が行われています。生活習慣の中で強調されてきたのは、運動と食事ですが、それ以外に、噛むという行動が、肥満対策になるという研究が行われていることを知っていましたし、それらを含め「噛むこと」を研究するのは非常に意義があると思っています。ただ、まだ定量化できておらず説得力が弱い中で、世界的にも科学的な発信をしていくために『噛むこと健康研究会』が生まれたと思っています。
今日は、なんとなく腹囲とメタボという名前だけが先行して、本質がまだ十分理解されていないと思われるメタボリックシンドロームについて、一度整理する意味でお話しさせていただきます。
まず生活習慣病として最終的にたどり着くのは、やはり血管の病気です。病気の原因にはいろいろなリスクファクターがありますが、ベースに肥満があることは多くの研究で明らかになっています。しかし、これまで大きく取り上げているのは、コレステロール、特に悪玉コレステロールです。LDLコレステロールは、すでに動脈硬化のリスクとして確立されていますが、コレステロールが高くない人でも起こるのが心筋梗塞です。
そこで注目したのが内臓脂肪です。私たちの研究では、皮下脂肪の蓄積は病気とは関係なく、腹部CTスキャンによる測定で内臓脂肪が100平方センチメートルを超えると、生活習慣病の合併が多く出てくることが確認されました。メタボリックシンドロームは、肥満の程度ではなくて、内臓脂肪がたまると脂質異常、糖尿病、高血圧が生じ、最終的に動脈硬化が起こるのです。つまり、内臓脂肪を減らせば多くの病気が一網打尽に改善できる。


メタボリックシンドロームの非常に大きなキーポイントとして挙げられるのが、アディポネクチンという脂肪細胞から分泌されるたんぱく質です。アディポネクチンは、一般的なホルモンと比べて血中に桁違いに多く含まれていて、内臓脂肪がたまって増える攻撃物質から体を守ってくれます。
大事なのは、単に痩せるのではなく、内臓脂肪を減らすことです。そしてアディポネクチンを増加させることです。内臓脂肪を減らすには運動が重要ですし、アディポネクチンを増やす食べ物もいろいろ研究されています。


私たちが関わった尼崎市では、保健師さんの努力で市民の内臓脂肪を減らす取り組みが行われました。1年後、内臓脂肪が減った人ほど病気のリスクが減り、増えた人はリスクが増えることが確認されています。そして最も注目すべきは、4年後、内臓脂肪が減った人には心筋梗塞がほとんどなく、増えた、変わらなかった人から心筋梗塞が発生していることです。
「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後にクスリ」と厚生労働省の健康普及のための標語にもあるように、「1に運動」の中には“噛むことの運動”も大事だと考えています。ただ、定量的な分析などがまだ進んでいないのが実情です。『噛むこと健康研究会』としては、噛むことが生活習慣病を減らすためには非常に重要なポイントであることを、もっと説得力のある研究などを通して、発信していければと思っています。

咀嚼と健康 歯学の立場から


<講演2>

「噛むこと健康研究会」理事
東京医科歯科大学大学院歯学総合研究科教授 水口俊介先生

将来の平均寿命に関しては、いろいろな説があります。何年か前の予測ですが女性が91歳ぐらい、男性では84歳ぐらいで安定してくるのではないかと言われています。今よりは確実に伸びて、高齢者が増える状況になっていきます。ここで問題になってくるのは健康かどうかということです。よく言われる健康寿命です。介護を受けない状態が何歳までかということですが、その健康寿命といわゆる平均寿命との差をできるだけ少なくすることが大事になってきます。


歯科の領域には、『8020運動』という80歳で20本以上の歯を有する人の割合を20%以上にするという運動があります。この運動は非常に功を奏して、平成23年度に38.3%で、平成28年度の調査では51.2%となり歯が残っている高齢者の割合が非常に多くなってきました。
問題なのは、虫歯や歯周病です。これからは歯が残っている人が多くなるので、口の中の機能の回復を主眼にした治療になっていきます。歯が残っているのは良いことですが、高齢者の重度の歯周病は昔よりも増えていますし、根面齲蝕という歯の根元の齲蝕が問題になってきています。


またもう一つの問題は、「フレイル」です。「フレイル」とは加齢に伴う身体機能の低下のみならず、認知機能や栄養状態、精神、社会的な機能の低下を包含する概念です。要介護状態に向かって不可逆的に変化していくような印象がありますが、適切な介入を行うことで生活機能の維持・向上を図ることができると考えられております。若いときはメタボリックシンドローム対策が必要ですが、高齢になると、逆に栄養の補充を考えなければなりません。切り替えの境界がはっきりしていませんし、個々の状況によっても相当違うでしょうから、常に状況を観察していかなければいけません。
また、高齢期に口腔機能が低下すると、食欲が低下し、摂取する食品の多様性が失われることで栄養摂取のバランスが崩れてきます。あわせて噛む力の低下、舌運動の低下により食べる量が低下して栄養や代謝の低下をもたらします。そのうちに摂食嚥下障害、咀嚼機能不全になってフレイルに陥ってしまいます。歯科の領域でも「オーラルフレイル」という言葉がよく使われるようになりました。
高齢者の口腔の機能と健康を維持しQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を守って、健康長寿社会のために貢献する。高齢者歯学分野においてそうした発信をするには、各方面からの視点を変えたアプローチが必要になってくるでしょう。また、昨年6月に閣議決定された骨太の方針の中では「口腔の健康は全身の健康にもつながることから、生涯を通じた歯科健診の充実、入院患者や要介護者に対する口腔機能管理の推進など歯科保健医療の充実に取り組む」ということが明確に記されています。歯科関係者にとっては良いことではありますが、裏返せば私たちの責任が非常に大きくなったことになります。これを念頭に置いて、日本における健康長寿社会の実現に向けていっそう邁進していくのはもちろん、『噛むこと健康研究会』を通じた情報の発信もしていきたいと考えています。