めざせ8020 第19回

健康作りは正しい姿勢でよく噛むことから

「ひと口30回は噛みなさい」とよくいわれますが、なぜ30回なのか?

実は、「30回」にあまり根拠はありません。もちろん、よく噛むとダイエットに効果があるといったことは研究でわかっていますが、「必ず30回噛まなければいけない」というものではありません。

120年ほど前、イギリスの首相ウィリアム・グラッドストーンが、「80歳をすぎても元気なのはなぜか」という新聞記者の質問に、「ひと口32回噛むからだ」と答えたのが「30回」の始まりだといわれています。32回とは、32本すべての歯で噛むという意味。もともとは30回ではなく32回だったのです。その後、アメリカの実業家ホーレス・フレッチャーが、太っていたために生命保険への加入を断られたことから、グラッドストーンの言葉をヒントに、食べ物が液状になるか自然に飲み込んでしまうまで噛むことを実践し、健康な体を取り戻しました。実際には、腹八分目などの食事法も並行して行ったのですが、フレッチャーの健康法は一躍有名となり、ここからよく噛むことと「ひと口30回」が関連付けられて広がったのが真相のようです。

しかし、30回も噛んだら口の中からは何もなくなってしまい、噛み続けられないという場合があります。寿司やそば、そうめんを30回も噛むというのも、おいしそうではありません。30回という回数は、健康を維持するための目安と考え、おいしいと感じる範囲で噛めばよいのです。

噛むことは、子どもの頃からの習慣です。子どもの頃からよく噛まずに丸のみをしている人が、高齢になってからその習慣を変えることは難しいものです。まして歯がなくなったり、口周りの筋力が低下したりすると、噛む力も低下して飲み込みがうまくできなくなる可能性があります。子どもの頃からの噛む習慣はとても大切です。

一方、高齢になって自分の歯がなくなったら、できるだけ早くぴったり合う入れ歯を作って、それに慣れることが重要です。入れ歯が合わなくて使わなくなる人もいますが、最期まで健康に生きるには自分の歯であっても入れ歯であっても、しっかり噛んで食べることは基本中の基本です。

もう一つ気をつけたいのが食卓に座る時の姿勢です。高齢者の場合、姿勢が悪いと誤嚥(食べ物が気管に入ってしまうこと)を起こしやすくなります。食物中の細菌が肺に入ると誤嚥性肺炎を起こすこともあります。椅子に座った時に、肘を直角に曲げたあたりにテーブルがきて、足が床につくと自然に姿勢はよくなります。この姿勢なら、噛みやすく飲み込みもしやすいものです。よく噛み、よい姿勢で食事をすることは、家族全員の健康維持につながります。

山田好秋

東京歯科大学短期大学副学長、同大学教授。専門は口腔生理学。日本咀嚼学会監事。

8020さんのご紹介:やりがいのある目標は健康の秘訣

髙橋憲昭さん

年齢:90歳 歯の数:27本

美津子さん

年齢:80歳 歯の数:26本

「子どもの頃はむし歯もあったんだけど」という憲昭さん。成人してからも治療に通うことがしばしばだったという。美津子さんも、虫歯の痛みに苦しんだことはないものの、まったくのむし歯知らずではない。その二人が、何でも食べられる健康な歯を維持しているのは信頼できる歯科医師のおかげだ。この30年ほどは夫婦そろって、半年に1度、検診と治療を受けている。

食品の種類はできるだけ多く、けれども無理はせず、食べたいと思ったものを食べるのが食事の基本だ。

憲昭さんは、「最近、ちょっと歯ぐきがしんどくなってきたかな」というが、毎晩歯の手入れに10分はかけている。歯間ブラシはなんと10種類、デンタルフロスも2~3種類は準備し、隅から隅まで磨き上げる。医師には、「やりすぎです」と注意されるが、歯が悪かった頃のことを考えるとやめられないという。

お二人に健康の秘訣を聞くと、朝食前後の緑茶と就寝前の15~20分のストレッチ、そして「目標を持つこと」という答えが返ってきた。憲昭さんは今、1日5~6時間はパソコンに向かっている。90歳にして始めた文章講座に課題を提出するためだが、それというのも小説執筆という大目標達成のためだ。一方の美津子さんは、40年来の書道教室主宰を継続し、年4回は展覧会に作品を出している。高い目標がお二人の健康を支えている。

NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2019年2月号掲載