今の日本人に必要なのは「かむリズム」

日々の暮らしの中で、多くの日本人がストレスや不安を感じているのではないでしょうか。順天堂大学・小林弘幸教授は、還暦を迎えた自身の健康法として「かむリズム」を考案し、今の日本人に必要な健康法として提唱されています。様々な視点から、健康な心と体の作り方を考案されている小林先生が、なぜ口の中に注目されたのか、お話を伺いました。

「かむリズム」とはどういうことなのでしょうか?

「かむリズム」は、リズム運動のように一定のリズムでよく噛むことです。

よく噛むことで
① 唾液量が増え、ウイルスなどの外敵が体内に侵入しないよう防御する効果
② 脳を刺激し活性化させる効果
③ ホルモンの分泌を促す効果
④ 自律神経のバランスを整える効果
⑤ 腸内環境をよくする効果
などの健康効果が得られることがわかっています。

しかし、現実には、パソコンやスマホを見ながらの〝ながら食べ〟や、早食いなどによる不規則な噛み方で食べている人が多いのではないでしょうか。
これは、噛むことが体にいいことはどこかで聞いて知っていても、《なぜ噛むことが重要なのか》があまり理解されていないからだと思います。

唾液を出すことでなぜ抗ウイルス・抗菌効果が得られるのでしょうか?

「腸内免疫」という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。腸には免疫細胞の7割が存在し、それらが体内に入り込んだウイルスや細菌と戦ってくれるのです。
じつは唾液の中にも、「IgA(アイジーエー):免疫グロブリンA」という免疫物質が存在します。唾液中のIgAは、口の中に入ってきたウイルスや細菌などの異物に対する最初の防御機構であり、異物と即座に反応し、体内に入り込むのを阻止します。

歯根膜と脳血流の関係

「かむリズム」での実験結果を教えてください。

唾液の量を増やせば、おのずとIgAの量もアップすることが、実験のデータで明らかになっています。
そして、唾液量を増やす最も手軽で効果的な方法が、噛むことなのです。腸内免疫を上げるために腸内環境を整えるには3~4ヵ月かかりますが、唾液量は噛むことですぐにでも増やすことができます。
唾液中のIgA分泌量を測定したデータでは、ガムを噛んだときで唾液とIgA共に分泌量が多くなっています。味のあるものを噛むと分泌量の増加を期待できるので、普段の食事でも、噛む回数を増やせればIgAの分泌量は増えるはずです。

歯根膜と脳血流の関係

「かむリズム」が自律神経を整えてストレスを低減するのは、なぜでしょうか?

自律神経のバランスを最も手軽に整える方法は、一定のリズムをつくることです。私たちは、母親のおなかの中にいたとき、母親の心臓音を聞いています。ですから、一定のリズムに心地よさや落ち着きを感じるのです。
また、ストレスがかかると体は緊張した状態になり、血流も悪くなります。一定のリズムで噛むことによって自律神経のバランスが整ってくると、悪化していた血流が回復するので、緊張が解けてストレスも軽減されてきます。
私の研究室で行った実験では、一定のリズムで噛むことで、ストレスホルモンと呼ばれる「コルチゾール」が低下するという結果が得られました。一定のリズムで噛むことによって自律神経が整い、その結果ストレスも軽減されることが数字上でも示されたことになります。
日常の中の「かむリズム」が多ければ多いほど、自律神経は高いレベルで安定します。

「かむリズム」の具体的な実践方法を教えてください。

まず食事です。急がず慌てず、噛むことに意識を向けて、今まで20分で食べていたなら、倍の40分かけて食べるつもりで、ゆっくり食べましょう。
午前と午後の食間に、ガムを5~15分程度噛むのも、お勧めです。
よく、ひと口30回噛むと良い、と言われます。よく噛むことはいいことですが、1分間に何回噛むとかひと口何回などのルールを設けると、逆にストレスになってしまう場合もあるので、自分が最も心地いいと感じるリズムで噛んでください。ちなみに調査では、唾液量が増えやすいのは1分間に80回のペースでした。
また、噛むことは睡眠の質を上げる効果も期待できます。朝は少し早く噛んで交感神経の働きを高め、睡眠前の夜は少しゆっくり噛むと副交感神経の働きが高まり、心地よい眠りを得やすくなります。

私事になりますが、現在89歳になる私の父は、現役の家庭教師で、中学生に数学を教えるほど頭脳明晰です。足腰がしっかりしていますし、歩く速度も私と変わりません。私はけっして小食ではありませんが、その私が「ちょっと多いな」と感じる量の料理を、父は残さず食べています。
壮健な父を見て気づいたのは、リズミカルによく噛んで食べているということです。
一方で、私が診てきた入院患者さんの多くが、噛めなくなったとたん、急激に衰弱していきました。
こうしたことも、私が噛むことと健康との結びつきを考えるようになったきっかけのひとつになっています。よく噛んで唾液量を増やし、自律神経を整えることこそが、これから先の健康をつくっていくといえるのではないでしょうか。
年齢に関係なく、誰でも手軽に始められる「かむリズム」を多くの人に実践していただき、健康な日常を送っていただきたいと願っています。

小林 弘幸(こばやし・ひろゆき)先生

順天堂大学医学部教授
日本体育協会公認スポーツドクター
(2023年7月現在)

1960年、埼玉県生まれ。92年、順天堂大学大学院医学研究科(小児外科)博士課程を修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立病院外科勤務を経て順天堂大学医学部小児外科講師・准教授を歴任、現在に至る。自律神経バランスの重要性に着目し、日本初の便秘外来を開設した腸のスペシャリスト。多くのトップアスリートのコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも研究成果が活用されている。自律神経研究の第一人者として著書多数。著書累計出版部数1200万部を超える。