よく噛むことで「唾液力」を鍛える

「唾液の働き」というと、まず頭に浮かぶのが「消化を助ける」ということでしょう。理科の授業で「唾液中のアミラーゼという酵素がデンプンをブドウ糖に分解する」と習ったのを記憶している人も多いのではないでしょうか。
しかし近年は、消化液としてのみならず、生活習慣病、アンチエイジング、快眠・リラクゼーション、感染症予防など、唾液の持つさまざまな機能が「唾液力」として注目されています。今回は、唾液・唾液腺研究の第一人者である神奈川歯科大学大学院環境病理学講座教授の槻木恵一先生に、噛むことと唾液の関係についてお話を伺いました。

そもそも唾液とはなんなのでしょうか?

唾液の99%は水ですが、残りの1%の中には、酵素やたんぱく質などのほか、ウイルスや細菌などに対抗するための抗菌物質が多く含まれています。
成人の場合、唾液は1日に1〜1.5ℓ程度出ています。絶えず分泌されていますが、特に食事中には、噛むという運動によって「咀嚼-唾液反射」が起こり、分泌量が増えます。
唾液は唾液腺でつくられ、導管を通り、口の中に放出されます。唾液のおよそ9割は、耳下腺(じかせん)、顎下腺(がっかせん)、舌下腺(ぜっかせん)の三大唾液腺から分泌されています。その他にも口の中には無数の小唾液腺があります。

唾液腺

あまり知られていないのが、「唾液は血液からつくられ、血液に戻る」ということです。
実は、唾液腺の中には無数の毛細血管が通っています。その毛細血管の中の血液が唾液腺を通過することで唾液へと変化していくのです。その過程で、血中のさまざまな成分が唾液腺の中に取り込まれ、唾液の成分となります。さらに、つくられた唾液中の物質もまた、血管を通じて全身へと移行していきます。
ですから、唾液は血液と同じように多くの重要な成分を含んでおり、体や心の健康維持に欠かせないとても重要なものなのです。

唾液にはどのような働きがあるのでしょうか?

噛むことと唾液は、私たちが日ごろ感じている以上に深くかかわっています。
食べ物を食べたり、口の中に刺激があったときに唾液の量が増えることは実感もしやすいと思いますが、実は、唾液の質にも影響が出てきます。
私たちの体を守る唾液中の物質は、現在わかっているだけでも100種類以上あり、中身のバランスは、食事の内容や歯磨き習慣などの生活スタイルで変動します。
唾液腺は自律神経に支配されていて、副交感神経と交感神経の二重支配を受けているので、どちらの神経が優位になってもアクセルとなって唾液は分泌されます。
ただ、実はどちらの神経が優位になっているかによって分泌される唾液の種類は違います。
「サラサラ唾液」と「ネバネバ唾液」

どちらの唾液も重要ですが、一番重要なのはやはり口内でバランスよくどちらの唾液も存在することですね。
もし、自分の唾液の状態が不安な時は、ぜひチェックシートを使って確認してみて下さい。

あなたの唾液は大丈夫?唾液力チェックシート

また、どんなによい物質が含まれていても、唾液の量が少なければ、その恩恵を受けることができません。さらに、唾液の量が少ないと、しゃべりづらい、食べづらいなどの悪影響が出てきて、生活の質を下げることにもなります。そんな時に誰でも簡単にできるのが、噛むこと(咀嚼)です。
よく噛むためには、食材を大きめに切ると、自然に噛む回数が増えます。歯ごたえ、噛みごたえのあるものを食べるのもよいでしょう。
唾液の量が十分で、唾液の質も高ければ、口腔の免疫力により細菌やウイルスに負けない体になります。唾液を十分に出して、唾液力の向上を心がけてください。

槻木 恵一(つきのき・けいいち)先生

神奈川歯科大学 副学長 大学院研究科長
大学院口腔科学講座環境病理学 教授
(2023年7月現在)

1967年12月東京生まれ。歯科医師。2007年4月より神奈川歯科大学教授。専門は環境病理学。神奈川歯科大学副学長、大学院研究科長。テレビなどで口腔ケアの重要性と唾液の働きを唾液力と命名しわかりやすい解説が好評を得ている。フラクトオリゴ糖の継続摂取により生じる唾液中IgA増加メカニズムとして、腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たす腸-唾液腺相関を発見し、唾液腺健康医学を提唱している。日本臨床口腔病理学会理事、日本食品免疫学会などに所属。著書に「がん患者さんの口腔ケアをはじめましょう」(学建書院・共書)、「唾液サラネバ健康法」(主婦と生活社)ほか、日本医事新報社「識者の眼」で連載をしている。