朝と夜の咀嚼では血糖値に違いが!?

「血糖値」という言葉をよく耳にしますよね。最近は、特に血糖値を気にする方向けの食品が発売され、より多くの人の身近な悩みになってきています。
今回は、私たちのカラダに備わる生物時計を研究する時間生物学を専門にされていて、血糖値と咀嚼の関係性について新たな研究を発表した、北海道大学の山仲勇二郎先生にお話しを伺いました。

噛むことと血糖値には、どのような関係があるのでしょうか?

血糖値とは、血液中のブドウ糖(グルコース)の量を示します。血糖値は、食後には増加し健康な方であれば食後2時間で食事前の状態に戻ります。食後に上昇した血糖値を低下させるために働くのが、すい臓から分泌される「インスリン」というグルコースを細胞内へと運ぶホルモンです。噛むことは、このインスリンの分泌を促す働きがあることがわかっています。
通常は食べ物が消化されて血糖値が上がることによって、すい臓はインスリンを分泌しますが、よく噛むことで脳が刺激され、食べ物を消化する前からインスリンが分泌されます。つまり、血糖値が上がる前からインスリンが分泌される、というわけです。

2019年11月に私たちが発表した「朝の咀嚼は健康な若い被験者の食後の血糖代謝を高める」という研究では、咀嚼によるインスリンの初期分泌が朝の咀嚼によってさらに高まることが明らかになりました。
実験では健康な20代の男性9人に、朝8時と夜20時の2回、白ごはん200gを食べてもらい、1口あたり40回の場合と10回の場合で、インスリンの分泌と血糖値の変化を調べました。

健康な20代の男性9人に、朝8時と夜20時の2回、白ごはん200gを食べてもらい、1口あたり40回の場合と10回の場合で、インスリンの分泌と血糖値の変化

実験の結果、夜に〝よく噛む〟ことでは、インスリンの分泌や食後血糖値の変化に目立った変化はありませんでしたが、朝に〝よく噛む〟ことでインスリンの初期分泌が大幅に上昇しており、食後の血糖値も速やかに下がることがわかりました。

噛む回数も、ポイントの一つです。朝の実験では40回噛んだときのほうが、10回噛んだときに比べて、食べて30分後のインスリンの分泌量が、平均で48%多く分泌されました。
また、食後の血糖値の変化を比較しても10回噛んだときよりも、40回噛んだときのほうが、平均で5~14%下がりました。

一方、夜の実験では、噛む回数で顕著な違いが見られませんでした。

人間はもともと、夜より朝のほうがインスリンを分泌しやすい体内リズムを持っています。つまり、夜では、体がインスリンに対抗して糖代謝に進むことを阻むので、血糖値が下がりにくかったのではないかと考えられます。

インスリンを分泌しやすい朝に、「噛む」という行為が加わることで、インスリンの初期分泌が促進され血糖値を下げることが期待できる

以上の結果から、インスリンを分泌しやすい朝に、「噛む」という行為が加わることで、インスリンの初期分泌が促進され血糖値を下げることが期待できるというわけです。

噛むことと血糖値の関連性に着目したのは、なぜですか?

きっかけは、私たちの研究室に在籍したナイジェリア人留学生の話でした。
ナイジェリアは糖尿病患者がとても多い地域です。彼によると、ナイジェリアの食事は糖質の割合が多く、朝と夜の1日2回が一般的。また、肉や魚などのたんぱく源が少なく、新鮮な野菜を食べる習慣も少ないそうです。
そのような文化的な背景により食事を変えることが難しい中で、糖尿病の予防としてできることを考えたときに「食べ方を変えたらどうだろう?」と、私は考えました。
また、彼がごはんを食べる様子を見ていると、驚いたことに、1口あたり5回ぐらい噛んだだけで、すぐに飲み込んでいました。まるで飲み込むように食べていたのです。
このことから、「噛む回数も影響しているのではないか?」と考えて、研究をスタートしました。

一番初めには、彼をはじめとしたナイジェリア人留学生たちの協力を得て、朝と夜の2回、白米300gを食べてもらい、1口あたり5回噛んだとき、30回噛んだときの血糖値の変化を調べました。
すると、5回噛んだときに比べて30回噛んだときのほうが、顕著に血糖値が低下したのです。

この実験結果から、日本人を対象とした実験でも、当初は、夜の咀嚼を増やすことで血糖値が下がることを予測していました。
ところが、日本人を対象とした実験では、咀嚼回数のちがいによる血糖値の変化は夜には見られず、朝でのみに咀嚼回数を増やすことで血糖値が顕著に下がるという結果になりました。
これは、日本とナイジェリアの生活習慣の違いや消化に関わる生理機能、遺伝的な要因などが影響しているのかもしれません。
ともあれ、時刻に関わらずしっかりとたくさん噛むほうが、満腹感が得られ、食べる量を減らせること、食後のエネルギー消費量増加、食欲の発生に関わるホルモンの分泌を抑制するなど、肥満・糖尿病を予防する効果があることがわかっています。私たち日本人は、子どものころから「よく噛んで食べなさい」といわれてきました。今後は、「よく噛む」習慣で得られる効果が、インスリンの初期分泌が低下している糖尿病予備軍や肥満患者のおいても有効であるかについて研究を行い、科学的に検証していきたいと思います。

血糖値といえば糖尿病や肥満との関連性が深いと思いますが、よく噛むことで、予防・改善につながるのでしょうか?

よく噛むことは、糖尿病や肥満の予防や改善につながると思います。ただし、よく噛むだけではいけません。
2型糖尿病や肥満は、運動不足や食生活の乱れが原因でインスリンの働きが低下し、血糖値が下がりにくくなっていますから、ふだんの食生活や、適度な運動の継続が大切です。そのうえで、よく噛むことを意識して食べるようにすれば、改善の大きな助けにつながるでしょう。

また、実験の結果でもわかるように、朝はインスリンが分泌されやすいので、朝食時によく噛むように意識することも、よいと思います。
血糖値を上げやすい糖質食品はなるべく朝食でとり、夜には野菜など血糖値を上げにくい食品を中心にとるように心がけてください。
さらに、噛む回数を増やすと、満腹中枢を興奮させて、満腹感が早く得られることもわかっています。よく噛んで食べることは過食を防いで、ひいては糖尿病の予防・改善に役立つといえるでしょう。

昔の日本人の食事は、朝は昼間の労働に備えてしっかり食べ、夜には粗食、というのが普通でした。現代人の食事はその逆になっていますから、食べることに関しては、昔に立ち返ってもいいのかもしれません。

山仲 勇二郎(やまなか・ゆうじろう)先生

北海道大学大学院教育学研究院
生活健康学研究室 准教授
(2023年7月現在)

専門は、時間生物学。2008年、北海道大学大学院医学研究科生理学講座時間生理学分野博士課程修了(博士:医学)。2016年より北海道大学大学院教育学研究院准教授、北海道大学脳科学研究教育センター基幹教員を兼任。時間生物学、睡眠科学、生理学を基盤に、生活の基本となる運動、食事(栄養)、睡眠(休養)の相互作用および統合的な効果について、様々な環境要因や生活習慣が心身の健康に与える影響について行動から分子機構まで幅広い視点で研究を進めている。日本時間生物学会、日本睡眠学会、日本生理学会に所属。著書に「子どもの睡眠ガイドブック」(朝倉書店・共著)、「睡眠学Ⅰ:「眠り」の科学入門」(北大路書房・共著)、「体内時計の科学と産業応用」(シーエムシー出版・共著)ほか多数。