最近、高齢者の健康や介護予防の話題で、もしかすると「オーラルフレイル」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。聞いたことがあっても、「オーラルフレイル」がどんな状態を指すのか、ピンとこない人も多いでしょう。そこで、今回は「オーラルフレイル」に詳しい、東京医科歯科大学教授の水口俊介先生に詳しいお話をうかがいました。

「オーラルフレイル」とは、どんなことでしょうか?

英語で「オーラル」は『口腔の』、「フレイル」は『虚弱』を意味します。2つの単語の掛け合わせで、簡単にいうと『口を介した体の衰え』のことです。年齢を重ねて足腰の筋力が低下するのは、一般的にごく当たり前のことですが、『口の衰え』が身体全体、さらには精神的な部分や社会的な面も含めて、健康と大きな関わりがあるのです。特に高齢者の方の衰えについては、介護が必要な状態にならないようにと、身体を動かして鍛える、あるいは筋力を維持することの重要性がフォーカスされがちです。でも実は健康を維持するには、口も大切な役割を果たしているのです。

口が担う大切な役割とは、どんなことですか?

おもに2つあります。
(1)食べ物を噛んで飲み込む栄養摂取の入り口
(2)会話を行うコミュニケーションの窓口
です。

やはり口の重要性というと、食べること、栄養摂取の部分が真っ先に思い浮かぶと思います。しかし、人と会話をする、コミュニケーションに支障をきたすこともあり、そのことはとても大きな問題といえます。
そもそも「オーラルフレイル」は、口の中の食べ物を飲み込む嚥下機能や、舌や唇を動かす力やスピードといった口腔機能の低下によって『うまく噛めない、咀嚼ができない』という悩みからはじまります。
うまく噛むことができないと、食べられない食品が増えるため、食事量や食欲が減少していきます。栄養が摂取できなければ身体は弱ってしまいますよね。加えて、口を動かす機能の低下は発音や会話がスムーズにできなくなってしまうため、人と会ったり外出したりすることがしだいにおっくうになってしまうのです。

口の機能の低下が、人との関わりの減少にまでもつながってしまうんですね。

そのとおりです。家でじっとしていては、運動量の低下はもちろん、体のさまざまな機能も衰えていきます。やがて日常の生活動作でさえも困難になりかねません。また社会との関わりが薄れることで、行動意欲の低下にもつながり、活発さも失われます。

口腔機能が低下した末に、うつっぽくなって家に閉じこもりがちになる……というのは、ありがちな話です。食べる、話すという口を動かすことは、精神的な部分ともかかわりがあるのではないでしょうか。

ところで、高齢者に食べこぼしなどが多いのは、「オーラルフレイル」が要因の多くを占めると言っていいのでしょうか。

そうですね。高齢になると、歯磨きや自分の口腔内のケアやチェックが上手にできなくなりがちです。その結果、口腔内が不潔になり、歯周病やむし歯が増えます。歯周病やむし歯で歯を失うと、より一層噛む力が低下します。すると、食べこぼしや噛み切れない物が増えて、体内に取り入れることができなくなってしまいます。

ちなみに、残っている歯の本数と、咬合力(歯を噛みしめたときの力)や咀嚼力には密接な関係があるとされ、一般的に残存歯が20本未満になると、咬合力はガクンと低下します。歯が少なくなると、やはり「オーラルフレイル」に陥りやすくなるのです。

『うまく噛めないから……』と、柔らかいものばかりを食べると、咀嚼機能はさらに低下します。
つまり、一度噛むことにトラブルが発生すると、口腔機能低下への悪循環に陥りやすくなります。
高齢で体が衰えるのは、自然なこと、仕方がないことだと思うのですが?

たしかに、年齢とともに身体は衰えます。「オーラルフレイルは誰にでも起こる一種の老化現象では?」と思う人もいるかもしれません。しかし、オーラルフレイルは、なにも手を打たなければ、坂道を転がっていくように悪い状態に進んでしまうわけではありません。途中でブレーキをかけて止まったり、反対に坂道を上ったりすることは十分可能です。つまり健康な状態に戻していくことができるのです。

では、オーラルフレイルを食い止めるにはどうすればいいのでしょうか。

先ほどもお話したように、話す、食べるなど日常の行為を通じて、口をしっかり動かして使うことが大事です。話す、食べるという行為は何気ないことではありますが、重要なのは自分の歯や口の健康につながることだと、認識することです。

とはいっても単に動かすことにとらわれず、意識的に口の中を健康に保つことが大切だと思います。
食事はよく噛むようにする。(唾液の分泌によって口内フローラを整え、消化・吸収の手助けにもなります。)
正しい歯磨きや義歯の手入れなど毎日しっかり口の中をケアする。
など普段から意識して実践できることもあります。また、定期的に歯科検診を受ける。
むし歯や歯周病、歯の噛み合わせの不具合、ドライマウス(口腔乾燥症)などの病気や不調があれば、適切な治療を受ける。
といった客観的なチェックや改善も重要ですね。

最後に、「オーラルフレイル」は初期症状に気付くのが難しいと聞きます。「オーラルフレイル」かどうか、簡単に確認する方法はあるのでしょうか?

「オーラルフレイル」の代表的な兆候をチェックポイントとしてまとめたので、ご自身やご家族に当てはまる項目がないか、ぜひチェックしてみてください。

もし、1つでも当てはまる項目があればフレイルやオーラルフレイルの兆しかもしれません。外出の機会を増やし、社会的な活動を心がけ、快活な生活を送ってください。また、歯科の受診や口腔ケアの指導などを受けるなどして、口の健康に努めましょう。

あてはまる項目がなかったとしても、油断は禁物。健康維持のための口の役割を理解して、普段からしっかり噛むことを意識しましょう。

水口 俊介(みなくち・しゅんすけ)

東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 高齢者歯科学分野教授
歯学博士

1983年東京医科歯科大学歯学部歯学科卒業後、1987年同大学大学院歯学研究科を修了し、1989年同大学歯学部高齢者歯科学講座助手を務める。2005年に同大学大学院医歯学総合研究科高齢者歯科学分野助教授、2008年に全部床義歯補綴学分野教授、2013年に高齢者歯科学分野教授。日本補綴歯科学会理事、老年歯科医学会常任理事、2015年には日本咀嚼学会理事長に就任。