日本人の平均寿命は世界一になりましたが*、一方で寝たきりの人も増えており、2030年には要介護高齢者が550万人になると推定されています。単に命を長らえるのではなく、最後まで人間らしく生きる健康長寿のためには、「口の中がサラサラ唾液で満たされていることが重要」と、日本大学歯学部の植田耕一郎教授は主張されています。唾液は、私たちの体にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

唾液には、どのような働きがあるのでしょうか?

唾液にはさまざまな働きがあります。まず、口の中を洗い流す「自浄作用」。食後にすぐに歯みがきをしなくても、ある程度の口腔内の衛生状態を保てるのは、唾液が食べかすを洗い流してくれるからです。
また唾液には、バクテリアやウイルスなど、微生物に抵抗する「抗菌作用」があります。唾液がないと、バクテリアやウイルスが、喉を通過して体内に侵入しやすくなります。
さらに、唾液中のカルシウムやリン酸には石灰化効果がありますから、歯の修復が期待できるほか、歯の表面を皮膜でコーティングしてバリアをつくり、虫歯を防ぐ働きをします。

唾液が減って口の中が乾いていると、歯垢や歯石が付着しやすくなり、口腔環境の悪化につながります。歯みがきを毎日丁寧にしているのに虫歯になりやすいという人は、唾液の分泌が少ないために、その働きをじゅうぶんに得られていないのかもしれません。
ほかにも唾液には、食べ物を湿らせたり溶かしたりして飲み込みやすくする作用(溶解作用)や唾液中の酵素・アミラーゼがデンプンを糖に分解して消化を助ける作用(消化作用)があります。唾液をじゅうぶんに分泌するのは、私たちが健康に暮らすために大切なことなのです。

「口の中がサラサラ唾液で満たされていることが重要」とありますが、唾液には種類があるのでしょうか?

唾液には、大きく分けて「サラサラ唾液」と「ネバネバ唾液」の2つがあり、2種類の唾液がバランスよく口腔内に分泌されていることが重要です。
サラサラ唾液、つまり漿液性の唾液は、リラックスしているときなど、副交感神経が優位になっているときに分泌されます。サラサラ唾液がしっかりと出ているときは、口は潤った感覚になります。
一方で、粘液性のネバネバ唾液は緊張したり、ストレスを感じたりしているときや運動中など、神経が興奮して臨戦態勢になっていると、交感神経が優位になって分泌される唾液のことです。
唾液の分泌は自律神経のバランスに影響をうけやすく、ストレスなどを強く感じたときにはネバネバ唾液の分泌が増加し、口が乾いた状態になります。
口が乾いてペットボトルが手放せない、という人はネバネバ唾液がたくさん出ている状態かもしれませんね。

つまり、唾液のバランスがよく、口が潤っているように感じる状態は自律神経が整っているということですので、普段の生活にとっても重要なポイントとなるのです。

サラサラ唾液を出すためにはどんなことを意識するのがいいでしょうか?

噛むことは、唾液を分泌するのにとても身近な方法です。
食べものを口に入れて噛むと、味覚、触覚、嗅覚を刺激します。それだけでなく、「おいしい」とか、その場の雰囲気から醸し出される「楽しい」「うれしい」といった感情も大脳にフィードバックされます。
自律神経と唾液の分泌には大きなかかわりがありますから、ポジティブな情報が自律神経に伝わることで、交感神経と副交感神経のバランスがよくなり、サラサラ唾液の分泌量も増えます。
同じように噛んでも、腹を立てていたり、「まずい」「つまらない」「悲しい」といった感情が強かったりすると、副交感神経が優位にならないので、サラサラ唾液が分泌されず、結果的に唾液の分泌量は減少してしまいます。
おいしく楽しく食べることは、あらゆる面でよいことなのです。

他にも、唾液をよく出すための「口」ストレッチがあるそうですが、やり方を教えてください。

私が関わっていた脳卒中などの患者さんでは、後遺症で顔の筋肉が麻痺して動かせなくなることがよくあるのですが、顔の筋肉が動かないと唾液を出せません。そこで、手足の麻痺をとるためのストレッチのように、顔面のストレッチがあってもよいのではないか、と考え出したのが「口」ストレッチです。
健常者でも、いつも緊張している人や、口の中のネバつきが気になる人、唇が乾いて絶えず唇を舐めている人などは、サラサラ唾液が不足していると考えられますので、「口」ストレッチをぜひ実行してみてはいかがでしょう。

歯根膜と脳血流の関係

歯根膜と脳血流の関係

自律神経のバランスと唾液の分泌の関係は、逆も考えられるので、ストレッチで唾液の分泌をよくすることで自律神経が整うことも期待できます。

日常生活で唾液に意識を向けることは、健やかな毎日につながります。
水のペットボトルが手元にないと不安な人は、家事や子育て、仕事で無理や緊張が続いているのかもしれません。ちょっとした気分転換に「口」ストレッチを試してみてはいかがでしょうか。

* World Health Organization World Health Statistics 2019 – Life expectancy at birth 2016

植田耕一郎(うえだ・こういちろう)先生

日本大学歯学部摂食機能療法学講座 教授
日本大学歯学部附属歯科病院 副院長

1983年、日本大学歯学部卒業。1987年、日本大学大学院歯学研究科修了。東京都リハビリテーション病院医員、新潟大学歯学部加齢歯科学講座助教授を経て、2004年から日本大学歯学部摂食機能療法学講座教授。2014年、日本大学歯学部附属歯科病院副院長に就任。研究分野は、摂食・嚥下リハビリテーション、要介護高齢者・障害者への歯科診療。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会理事、日本障害者歯科学会学術委員、日本老年歯科医学会評議員。著書に『脳卒中患者の口腔ケア』(医歯薬出版)、『長生きは「唾液」で決まる!』(講談社)などがある。